北米足跡(ニュメキシコ)、南米DNAのPopulation-Yの発見などから、

1.世界が議論する「最初のアメリカ人」は沿岸ルートからで、①第ゼロ波、②第1波、③後続波と区分され、素朴なモノからより精巧な石器の区分A、B、Cと符合します。

2.厳しい北の海のフネと海産物食の暮らしへの適応の点で注目される「北海道東祖人」は、樺太から南下したANA系であるとする欧米の認識は誤解であり、青森からである。確認されている最初の
樺太からの人の南下として細石刃文化があるが新しく、「最初の渡米基準時期」以降であって間に合わない。即ち、PSHKではなくPAHKであって東西から北上し合一した充実の陸奥平野の民であり、伊豆海民子孫であることも注目すべきなのです。
教室に、始まりの日米関係をー祖代研究会(RSoJS) #祖人

アメリカ新大陸へ放たれた沿岸民の、日本列島という**「発射台(Launchpad)」**

➀日本人のルーツは、南方から北上し、4万年前に曙海北岸を時計回りに対馬海峡を渡り、北部九州へ上陸した始まり**「祖人(Sojin)」**に遡る。彼らはユーラシア大陸の端に辿り着いた単なる漂流者ではない。上陸後、沖縄へ南下し本州を東進•北上した彼らは、伊豆周辺で良質な黒耀石の採取に往復50kmに及ぶ外洋航海を生業として確立し、世界最古級の海洋適応を成し遂げた。

➁この列島で研ぎ澄まされた高度な航海技術と生存戦略は、日本列島を単なる「終着点」から、未知の世界への出発点へと変貌させた。列島を南北に拡散した祖人のうち、北上した一派は、「フネ」で北太平洋のKelp(海藻)Highwayを東進南下し、北米内陸の氷河に阻まれることなく2.5万年以上前からアメリカ新大陸へ進入拡散したのである。このモデルこそがシベリア内陸狩猟民では説明困難な「北太平洋沿岸ルート」移住の実態を技術的に裏付ける。
③南米最古の謎の遺伝的な痕跡である「Population-Y」も、日本列島を中継地とした海洋民の系譜と考えれば南方域のオーストララシアと繋がり、考古学とゲノムの矛盾は鮮やかに氷解する。日本列島は、アジアの袋小路ではなく、新天地へと人類を送り出した環太平洋拡散(MPOR説)の「一大拠点」だったのである。
―祖代研究会(RSoJS)  #祖人

現生人類の拡散における環太平洋ルート説の実証遺跡年の3区分➀➁③区間の移住期間が3万年―1.5万年―8,500年と半分にスピードアップしている。
➀当初の南方からの北上は、裸で暮らせた地域から衣食住の知的進化に期間を要したものだろう。

➁厳しい寒冷の区間であったが、東北~カムチャッカと北米西沿岸の環境が緯度で類似性があり、山に登って降りて来るような状況だった。また、沿岸は内陸より寒冷緩和であったし、最北で北極海の冷水が流れ込まなかったことも幸いした。

③かつてモンテ•ヴェルデの発見では「急行」の移住と思われたが、ニューメキシコの足跡の発見で通常の妥当な速度となった。

逆に、これらの事が環太平洋移住MPOR説を支持するものとなっている。

―祖代研究会(RSoJS) #祖人

A: Shift from Mammoth-Hunting Inland Model to Multiple Coastal Waves, with Hokkaido Focus
Evidence from White Sands footprints (21–23 ka) and Population Y signals has largely overturned the classic “mammoth pursuit” inland migration paradigm, favoring multiple waves via coastal routes.

Key factors include the challenges of maritime adaptation among Northeast Asian inland hunter-gatherers, hemispheric mirror symmetry in latitudinal environments, and recent lithic analyses showing strong similarities between pre-Clovis/American Upper Paleolithic tools and Hokkaido’s Late Upper Paleolithic assemblages (20 ka), highlighting a potential Hokkaido-origin scenario.
B: Emphasis on Northward Route along the Western Pacific (East Asian Mediterranean/EAM)
This draws attention to a northward migration along the western Pacific coast  where Population Y-related DNA shows affinities. The EAM’s eastern side (e.g., Indonesia,Philippine,Japan) has abundant archaeological sites, while the western side lacks direct finds but remains plausible and inferable from the broader pattern.
ー祖代研究会(RSoJS) #祖人


図右A:遺跡やDNA分析から沿岸ルートからのアメリカ新大陸への3波重層の進入南下拡散となり、石器の分析や北太平洋の東西の沿岸環境の類似性、内陸狩猟族の手本のない「海民化」の困難性などから北海道発に注目です。
図左B:モンゴロイド未登場の時代に、南米先住民Population-YとDNA類縁の南方域から「東亜地中海」沿岸の北上(赤線)でアメリカ側の状況と接合する環太平洋移住MPOR説がムリなく導かれます。長く誤解を招いてきた3方向からの日本列島への渡来図が、北海道祖人Sojinの北上の継続を抑制したブレーキであったことは残念でした。
教室に沿岸ルート史観を―祖代研究会(RSoJS) #祖人

―始まり祖先の「最初のアメリカ人」が氷河期•沿岸ルート移住に注目の時代、地形•環境も人々も諸説の論議も適切な用語で認識の刷新を!

図右:南米(スンダ•サフル先住民とDNA類縁)と北米(シベリア民とDNA類縁)先住民のDNAの相違の重要性が注目されています。当然にして、アメリカ先住民とは北米だけを指すものではアリマセン。考古学におけるチリの海藻遺跡やニューメキシコの足跡年代により、な陸ルートが大氷床で閉鎖中であることからマンモス追い進入定説は崩れ沿岸ルートに注目の時代なのです。本土米国各所の旧石器と北海道物の類似と言う最新の研究発表などで3波重層説が導かれます。
図上:現生人類拡散史注目の渡米参加標準は、2.5万年以前にベリンジア南岸進入の海民ということになります。Kelp(海藻)Highwayは注目で、遂に米国の動画でJapanese Origin? が登場です。祖代研は、シベリア民などのANA内陸民がベリンジア南岸BSCで大槍を捨て、厳しい北の海でお手本なしにフネ•海産物食の海民となって釧路~高知距離の氷山混じりのアメリカ新大陸西沿岸を南下して行ったとは考えられません。
図左:地形環境•人•諸説の論議に必要な用語と共通認識の確立が重要です。東亜高地でなく沿岸ルート時代の東亜地中海(曙海+パンカル海)に注目であり、東側には始まり時代の遺跡が充実していますので、長距離の切れ目のなかった西側は海面下などで遺跡発見は殆どありませんが北上のルートであったと考えています。「見つからないことは無かった訳ではない」のです。始まり時代はまだ寒冷で身体変化のモンゴロイドが未登場の時代でしたので、出アフリカ•中東から東進した南方人を欧州学者が「古モンゴロイド」と命名したのは大雑把な誤解を招く不適切です。また、樺太南下(細石刃文化の伝搬はせいぜい2.5万年以降で渡米標準に達せず)でなく、陸奥平野時代の青森祖人の北上のPAHKに注目すべきなのです。何よりも始まりの北海道祖人Sojinという用語が無いために世界の学界でさえ誤解を招くJomon、Ainuが使われる誤りが散見されているのです。
南方から南米までの環太平洋移住(MPOR)説(太平洋横断説は台湾と中米先住民DNA類縁で否定されています)のアメリカ進入3波重層説に注目を。
―祖代研究会(RSoJS)#祖人

現生人類の拡散史と現代の国際情勢、インド太平洋時代の新日米関係 

図右:「最初の」アメリカ人は最新の諸発見で西沿岸ルートからで、米国最古級旧石器の分析では北海道物と似てる!との最新研究発表です。

図左:4万年前•北部九州への渡海始まりで、伊豆で世界最古(3.8万年前)の海民性と東京で賑わいを示した祖人は、青森•陸奥平野で東西が合一し道東ゲートウェイから世界の誤解を正すPAHKの渡米参加標準突破の飛び!なのです。
―祖代研究会(RSoJS) #祖人

―日本人はどこから、どんな暮らしで、そしてどこへ?

➀出 中東からインドを東進した現生人類は南方から北上、亜熱帯越えで衣類•住まいを必須とする知的な適応進化を遂げました。

➁沿岸民は、曙海北岸を時計回りで4万年前、対馬海峡を家族渡海し、北部九州からの始まり祖人Sojinは石器痕跡(熊本、広島)を遺しスローなビッグバンの列島拡がりでした。
③沖縄へ渡海を続け、最古人骨•顔復元•釣り針などの南方系の実証痕跡を遺しています。石器でない竹•木•骨器活用の離島暮らしの持続性に世界学界が注目です。

④1m穴多数設置の世界最古の陥し穴猟の知力•社会性、沿岸民実証の伊豆の世界最古の生業航海の造•操舟力、浜北遺跡は祖人と縄文人の繋がりを実証、長野高地に進出行動、鈴木遺跡の交換の賑いや関東キャンプなどは言語力が必須の「原始人ではなかった」のです(誤解を正しましょう)。

⑤海獣活用の暮らし、陸奥平野での東西合一の基盤から北海道3.5-3万年以前で渡米参加標準を突破している有力候補なのです。国宝白滝石器は、米国最古級旧石器と類似の実証研究発表があり、素朴な帯広石器はチリの南米最古の海藻遺跡と同様のモノなのです。

―祖代研究会(RSoJS)  #祖人

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