前回第2図、可能性として、祖人・北海道Proto-Japanese Hokkadoが、ベーリング地峡に登山してオリンピア公園に下山する人類史の拡散「最初のアメリカ人」話をしました。

万年の昔でかつ数十m海水面が上昇してますので沿岸遺跡の発見は困難ですが、第1図正に歴史的な最初のコロンビア(川)分岐点から内陸へ入った遺跡が発見されています。それが図のAとBで、北の大氷床に未だ回廊が無い閉ざされていた時代にフネで太平洋沿岸から川を遡上して暮らした痕跡です。特にAは、ヘレン山が噴火した15,800年前の火山灰の下層から整形されたメノウの石器が発見されて年代が確定し、沿岸ルートもはっきりさせた意義が大きい遺跡で、絶滅した古種バイソンの骨なども見つかっています。Bも年代は最古級の16,000年前で、コロンビア川支流にあって200以上の各種石器と大型哺乳動物の骨片が発見され、何と北海道石器との類似性を指摘する声もあるのです。日本から関連の寄与する研究発信がないだけでなく、子供が全くこういう事を教わっていないことが大きな問題です。The projectile points from the site closely resemble those found in Japan, supporting the hypothesis of a Pacific coastal route.

第1図、米ワシントン(東部の首都はDC)州のオリンピック公園は、1788年イギリスの海軍軍人ジョン・ミアズ(John Meares)がChinaからの帰還の際に北米太平洋沿岸を探検して、この山脈の沖を通ったときを冠した山並みの神々しさに心を打たれ、ギリシャの「オリンポス山」にちなんでと名づけた山の公園で、太平洋を挟んで言わば北海道の太平洋“対岸”にあり、その森の景色は北海道だと言ってもそうかと思う似たものです。

それは何千万年も前からベーリング地峡を通じて生物の行き来があり、鳥は通い、関係があるからなのです。第2図、海峡からハワイの方に縦線を引くと、鏡に映ったように両側で昆虫などの類似性があることを北大の大原教授が指摘しています。さて、現生人類拡散史の「最初のアメリカ人」問題ですが、3~1.7万年前頃、可能性として北海道からベーリング地峡に登山し、オリンピア公園の方に下山したと思えば理解し易いです。当時からは100m近い海水面の上昇で痕跡発見は難しいですが、アリューシャン列島の舟の使い手の海の民の暮らしは有名です。

内陸ではそれを窺わせる遺物がどんどん発見されてきていて、公園南方のオレゴン州境の東進するコロンビア川を1.6万年前頃に遡った痕跡があります。

北海道とオリンピア公園の関係を子供に、世界のお客様に教えましょう。実は欧米先生は、子供の頃に学んだロンドン中心世界地図では、此処は両端に離れた一番遠い所のイメージで苦手なのです(その教え子の日本の多くの先生も)。

大統領選挙アメリカの先住民Nativesの祖先である「最初のアメリカ人」First Americansは、Bシベリア人か、A日本祖人・北海道Proto-Japanese Hokkaidoか、混合か。

いずれにしても1.8万年以前の大陸内部の陸上ルートが氷河で覆われていた時代に、フネで、ベーリング地峡沿岸の昆布ハイウェイKelp Highwayルートからアメリカ新大陸に入って来たというのが最新説ですので、海の民子孫seafarersである祖人・北海道が改めて注目されています。しかし、今アイヌに対する誤りの先住国会決議に端を発し、アイヌ関係史が大きな問題です。明治時代に招かれた外国人学者がアイヌには白人の血が混じっているという一部の誤解が今も欧米の尾を引き、 最近やっと米学者からも北海道の指摘が出ているのに、鎌倉時代頃からのアイヌを先住とする大きな矛盾のためか、「最初のアメリカ人」問題に学界として積極的に取り組めておらず世界の大きな問題となっています。他方、長年にわたり真実を求めてアイヌに関する正論を発しておられる的場氏の論を、例によってSNSが弾圧するため、それを跳ね返す蓄積の最新良本が新年明け刊行予定です。北海道史、遺跡遺物を尊重し、しっかり理解してお客様を迎えましょう。

一番の問題は、大陸や半島に近く漢字を取り入れてもいるのに、言葉や習俗、信仰などが、何故これほど違うのかを説明し話し合うことが出来ません。それは、日本史の92.5%の期間を占める祖代、縄文時代を軽視していることに全く自覚がないことに基因します。

約4万年前を知りながら、その頃の状況や意義を考えず、時代や流入量を考慮しない3方向渡来の3文化区分という説明は、全く誤解を招くものです。実際は、北部九州から北上、南下して北海道から沖縄にまで3万年前頃には拡がっていた基本を無視しています。確かに時代を後にして3方向から渡来しますが、島国であったことから、縄文時代に至っても地域差はありながら列島が一体性ある文化であった(第1図青線、オオツタノハ貝輪交易)ことや各地の充実の遺跡は、他国に比して重要な特色なのです。そしてまた、北海道の状況を考えれば、北上を継続してアメリカ新大陸に至った可能性があるのに全く触れていません。

世界が、最初のアメリカ人はベーリング地峡沿岸からフネで昆布ハイウェイを入って来たという新説に、3万年前からの祖人・北海道Proto-Japanese Hokkaidoが何ら関わらない問題となっています。北海道の状況を解明し、この問題に寄与することが求められているのです。

米カリフォルニア大チームが、南米アンデス高原で発掘した、9,000年前の埋葬女性人骨と狩猟用石器から、狩りは男性が、女性は採集や育児というこれまでの歴史における男女の役割分担イメージの転換を提唱しています。お爺さんは山に芝刈りに、お婆さんは川に洗濯に、なのかです。これまで考古学者はそういう視点で詳しくチェックしてこなかったが、同時代の南北米大陸では女性ハンターは30~50%くらいになると発表し、欧米先生の論議を呼んでいます。

ホントに女性ハンターと言えるのか、共伴の石器は単なる宗教的意味合いを有する副葬品ではないのかと言った意見も出ています。歴史におけるこの女性の役割問題は、フェミニストのジェンダー問題ですから重要です。問題は、日本史の特徴が写真のように、天照大神から山の神や海女さんに至るまで世界史の中で目立つ事であるのに、紫式部・清少納言が「ノーベル文学賞」の大偉業なのに、日本の欧米かぶれのフェミニストも日本史学者もこの点に注目もせず、何故かという疑問に回答もしようとせず、世界に発信せず、子供に十分教えてもおらず、この重要問題を巷間日本史本は扱ってもいません。それは、日本史の始まりをしっかり意識していないからです。

東京・札幌オリンピックです、日本のこの特徴をしっかり知らせましょう。そして世界人類拡散史の最後の謎である、ベーリング地峡沿岸からフネで入って行った最初のアメリカ人は、シベリアからBか、北海道からAかについて、アンデス女性ハンターは、A優勢を示しているようにも思えるのですが、我田引水ですか?

始まりの日本祖代は、渡海してきた祖先が北部九州から沖縄、北海道へ拡がりましたので当然にして似たような人たちで(巷間本・博物館展示がこのことを歪めて3方向からとしていますが北上の一方向性で、北海道の犬は南方犬)、縄文時代になっても列島の暮らしに一体性があり、地域の色合いに差がある程度のことで、正に表題の通りなのです。

この祖代・縄文の期間は、日本史の92.5%ですから日本人に与えた影響は大きく、巷間本は書いていませんが、天照大神・日巫女、紫式部・清少納言の出現、宦官制度なく仮名があり、魚介松茸好きなど種々の重要な日本の特色は、祖代・縄文を考察せずには語れないでしょう。この基盤の上に、その後、北・中・南の地域の違いが生じていくことになりますが、日本祖人から今日まで、人の大きな流入による交替は起きておらず、違いは樹林の環境に合わせたものとも考えられます。また、明治維新や戦後の劇的な変化も人はそのままで、スタバやマクドやドーナッツ店が溢れても欧米人がたくさん来て混血している訳ではありません(千年後の歴史家は勘違いの無いように)。多様性を認め尊重するのはいいですが、ことさらに一部を言い立てて分断を煽るのは不幸・ムダ予算への道で、こんな時代は、「我々は日本祖人以来、似たような仲間で伝統を大切に」と言うべきでしょう。

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