日本祭りと州パレード

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小雨も何とか上がって、バンドゥン・ジャパン・ハウスBJHの皆さんが、若いインドネシアの人たちを指導支援した日本祭りが10月26日に行われました。

会場は、沢山の若い人でブースは押すなの盛況でした。

私も原宿やアキバで見たことあるような格好の人が目につきますが、その結構肌を露出した人と普通にジルバブ被った娘さんたちも沢山来ていましたので、混じり合って日本と違う感じです。

特に、BJHの大和田さんは、ゲームビジネス開発で出店しました。また、和装・折り紙コーナーなどもありました。

かねてより、此処の若い人たちが日本ひいきなのは知っていましたが、凄い勢いです。
命をあずける車とバイクが殆ど日本製で、若者カルチャーもこれだけ人気があると嬉しいことです。

此処には、日本レストランのほか、もどき安価ラーメン店などもあります。どらえもんも人気で、私も勉強に原語で読んでいます。

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そのまま、州庁舎に移動しパレードを観ました。

着いて最初に見た異様な恰好は、此処の人が仮装しているパプア高地人です。実物の結構大きい蛇を持っていました。
串刺し焼き鳥デザインの庁舎前でお披露目したあとどんどん歩いて出て行きます。

全身葉に覆われた迷彩の狙撃手のような格好の組もあれば、めでたい若いカップルの伝統的な地域の衣裳の組や王様を囲む行列、はたまたそのまま出れば紅白歌合戦の小林幸子と張り合える人もいます。

やはり此処からかと思わせるなまはげの組、日本と同じ婦人連の踊りの組、などにぎやかです。

結構多いのは、やはり農業、漁業に絡んだもので納得です。大鳥が登場してるのも私には納得でした。

あらためて、インドネシアは多様だと感じました。

◆グヌン・パダンの調査見学

入学して授業、生活のリズムもできたので、調査が行われているグヌン・パダンに出掛けた。

入口付近の売店民宿で泊まることも、日帰りすることも自在にできるようになったので、授業の無い土、日を利用して見学に行った。乾季は基本的に雨の恐れが殆どないので、時にある夕方のスコールに気をつければ問題ない。
10月から、大統領と政府の体制が変わるため、現在の統合研究チームTTRMの調査は、ひと段落となる。
迷彩服の軍が初めて参加して力仕事をこなしており、国としての意気込みが窺がえる。

チーム長のダニー・ヒルマン博士から、現場で遺跡についての注目すべき事項などについて説明を受けることができたし、考古学調査に加え、初めて穿孔掘削地質調査の状況を見学することができた。

仕事を終えて暗くなってから現場に来て、標本の状況をチェックしている研究者の姿や、新たな遺物や構造の出現に深夜まで話し合っているチームの人たちの状況や、調査具の交換、新たな採り水措置などの調査の実情、また、命綱を準備して10mを上り下りする作業など皆さんの苦労を実際に見ることができた。

第5テラスで石の壁が南北方向にあることが新たに見つかり、また、考古学チームはいろいろな石の遺物の解釈を巡って多角的に分析している。
昔の人はこういう理由でこうしたのではないかということがいろいろ考えられるため、研究者たちを悩ませている状況などをぼやきとともに聞き、生の現場に触れた見学であった。

アクバル教授、ダニー博士、軍指揮官は、テレビなどの取材に応じ、一般の見学者には、出土した遺物の説明もあった。
私は、今回、グヌン・パダンを見下ろす背景の稜線上にオジェッで上がり、東、南、西と1周して地域の状況を把握した。
打ち上げ夕食会(27日)に呼んでいただいた。取りあえず皆さん、ほっとしている様子が窺がえた。

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