A: Shift in the Migration Paradigm

The traditional theory of mammoth hunters entering America via an inland route has collapsed. New evidence, such as the surprising discovery of Australian-related DNA in South America, crude stone tools and seaweed remains at ancient Chilean sites before Clovis, and the dating of footprints in North America, has shifted the consensus toward the Coastal Migration Route. Furthermore, analysis of North American Paleolithic artifacts has revealed similarities to those found in Hokkaido, pointing toward an origin in Japan.

B: Contradictions in the Inland and Beringia Theories

While the mainstream Western theory suggests inland groups became seafaring “maritime people” in Beringia, surviving the harsh northern seas would have been nearly impossible. Notably, Mongoloids had not yet emerged during this era. While Siberian DNA matches North American natives, it does not align with the Populaion-Y DNA found in South America.

C: The Migration of Southern “Inmalaid”
1. Migration along the Pacific Ocean Rim (MPOR)
.

2. A multi-layered American entry consisting of three waves (Zeroeth, First, and Subsequent).

3. RSoJS proposes that the abundance of sites on the eastern coast of the East Asian Mediterranean points to a projected northward migration along the western coast.

—Research Society on Japanese Sojin (RSoJS)

―インド太平洋時代の国会議員の歴史観

図右A:南米での豪州と類縁と言う驚きのDNA発見、チリの古い素朴な石器•海藻の遺跡、北米の足跡の年代などで、マンモスを追ってアメリカ進入の定説は崩れて沿岸ルート進入説になっています。石器の分析で北米と北海道の類似が指摘され、日本発説へと言う状況です。

図上B:欧米主流説の東部シベリア内陸系人は、新たな沿岸ルート説により、ベリンジアで海民化して沿岸を南下となりますが厳しい北の海で疑問でムリでしょう。モンゴロイドは未登場の時代で、シベリア民DNAは、北米先住民と合うので主流イメージですが南米最古とは合わないことも注目されます。

図左C:南方の「インマレイド」(古モンゴロイド用語は不適切)が、1.環太平洋移住、2. ➀➁③の 3波重層でアメリカ進入南下、3.東亜地中海東岸の遺跡(赤丸)充実から、連接した西岸の北上説を祖代研は提唱してきています。

―祖代研究会(RSoJS) #祖人

—日本人は何処から? 南方の原郷で知的な世界最古の洞窟絵(6.78万年前)を発見

図左:南方のインドネシア•スラウェシ島南東部で世界最古の壁画を豪•インドネシア研究チームが年代確認し発表しました。着色オーカー使用の線を描く高度なモノもあり今後の更なる発見も期待されています。知的な実証が欧州でなくアジアという事も意義深いものです。

図右:日本人何処から?は、DNA、考古分析等により南方からと判断され、今回、新たな意義深い実証が加わりました。沿岸ルートの現生人類は「東亜地中海」の西岸を北上して時計回りで4万年前、北部九州に渡海し、日本列島にスローな「ビッグバン」の拡散をしました。最近の日米の旧石器分析による類似性の発見等から北海道祖人Sojin(縄文人の前)の北上継続による渡米が注目されています。

教室に日本史の始りを—祖代研究会(RSoJS) #祖人

図右:北米の最古級の旧石器が北海道•遠軽白滝物と類似(第1波)との日米チームによる研究発表で世界が注目ですが、南米最古の海藻活用のMV•モンテデルデ遺跡の石器が十勝帯広と共通の素朴な同レベルな物(第ゼロ波)なのは世に知られぬ重要なことです。マンモス追い進入定説の崩れのみならず、北米先住民DNAで語られてきた人類史も、このような南米DNAのPopulation-Yや石器に光で見直し画迫られているのです。「最初のアメリカ人」は、「第ゼロ波」、「第1波」、「後続波」の3波重層ですが、内陸の無氷回廊が閉鎖中であった時代に進入南下拡散した「最初の」アメリカ人は、北海道祖人と考えられる➀「第ゼロ波」(青森から北上)、➁「第1波」と考えられることが石器分析から認められるのです。
図左:やっと伊豆祖人が世界の認知を得て来ていますが、基盤となった青森•陸奥平野、北部九州始りからの“ビッグバン”日本祖史、北海道史はまだまだよく知られず誤解が多いのです。問題は、「祖人Sojin」(縄文の前)用語が無いために、世界の学界でもJomon、Ainuが語られる誤りも変わりないのが残念な状況です。
―祖代研究会(RSoJS)  #祖人 

―始まり祖先の氷河期時代は、環境も人々も今と状況が大きく異なっていました

図右:南米と南方域の先住民DNAの類縁、チリの9種の海藻活用遺跡やニューメキシコの足跡の年代で北米の無氷回廊(IFC)の閉鎖中にフネの沿岸ルート進入となってマンモス追い定説は崩れ、本土米国における各所の最古級の旧石器と北海道物の類似などで新たな大変化の認識が生まれています。地形や人、環太平洋等についての至当な認識を踏まえた新たな用語で、諸説論議の時代が到来しており、最新の米国発の教育的動画ではJapanese Origin日本起源か? が登場しているのです。

図左:論議の土台が大きく動いていますので、必要な新規用語の共通認識の確立が重要となっています。始まり青森祖人の渡道•渡米の、P(古)A(青森)H(北海道)K(Kuril•千島)のPAHKであり、PS(サハリン•樺太)HKではありません。また、寒冷で身体変化のモンゴロイドが未登場の時代に「インマレイド」の用語が無く不適切な「古モンゴロイド」の使用や、「祖人Sojin」が無く世界ではJomon、Ainuが使用されて語られる誤りがみられます。
新しい認識・用語を新しい袋にという時代が来ているのです。
―祖代研究会(RSoJS)#祖人

「マンモス追い最初のアメリカ進入」の定説が崩れ、米最新動画では日本起源の北海道(青森陸奥むつ平野)祖人Sojinに注目の流れ

図左:現生人類史の熱い論議の謎「最初のアメリカ人」は、最新の研究諸状況から祖人始まりの3波重層説であり、また、祖人は言語を有し原始人ではなく、縄文文明は一日にして成らずなのです。

図右:遂にはっきりと「Japaneseか」という米国動画が登場、ですが日本の教室は全くこの問題を採り挙げずない周回遅れです。最初のアメリカ人は、南米チリの海藻遺跡や豪州と先住民DNAが驚きの類縁に加え、2.2万年前(中央値)のニューメキシコでの足跡発見等で無氷回廊が閉鎖中の「沿岸ルート」となり、伊豆祖人の生業航海の海民性に加えて北米旧石器の類似性、南米の状況などから祖人に光が当たっています。その日本人は何処から?が、南方当時のSundaland域から「東亜地中海」(海面低下の南・東シナ海)を北上ということで、南米南端までの環太平洋沿岸移住(MPOR)説(祖代研)が大きく前進しています。

―祖代研究会(RSoJS) #祖人

―環太平洋移住(MPOR)説(スンダランド域~東亜地中海西沿岸~日本列島~千島~ベリンジア南岸~沿岸ルートで南米の拡散)は、「マンモス追い進入」定説の崩れた状況で、DNA(技有)/人骨の形質(有効)・考古学(技有)における近年の分析成果(一本)の総合的な考察により北海道、実は「青森・陸奥平野祖人の渡米」説を発表します。

➀沖縄・港川祖人が南方人骨と類似で注目され、DNA分析でアンダマン海Onge島人・マレー半島Maniqと類縁が実証され、「東亜地中海」北上(東岸の遺跡充実から切れ目のない西岸ルート)の4万年前北部九州へ渡海・スローな「ビッグバン」の列島拡がりが、日本列島で1万件超えの祖代Sodai遺跡の分析で明らかになっています。
➁アマゾンDNA(南米発見の痕跡Population-Y)と豪等アボリジニ・Onge人等の驚きのDNA大遠隔類縁、チリの9種海藻遺跡及び北米ニューメキシコの足跡が無氷回廊(IFC)の閉鎖中の「最初の」アメリカ人の沿岸ルート説を導いています。
③米国等の広範な旧石器分析・研究により、本土米国の最初期旧石器がアラスカ・カナダなどの大氷床域及びベリンジアで発見されず、北海道物と類似であることから沿岸ルートで北海道から(「最初に」)来た説を日米チームが導いて(2025年)います。
④南方から北上し北部北部九州へは、「東亜地中海」の東岸域の痕跡充実から、今は海面下・歴史的に消され・未発見の諸状況にある西岸ルート北上・曙海北岸の時計回り移住による渡海説を提唱(祖代研)しています。そして青森・陸奥平野こそ、DNA(DNA-mtD4h、Y-D1)及びチリ遺跡の素朴な石器から人類拡散史のアメリカ西沿岸「第ゼロ波」の南米沿岸南下の故郷として注目なのです。

教室に新風を―祖代研究会(RSoJS)  #祖人

➀最初のアメリカ人問題は、北米無氷回廊が閉鎖時代の南米チリ海藻遺跡、ニューメキシコの足跡発見によって、マンモス追って進入の定説は完全に崩れ、アメリカ新大陸西沿岸ルートの進入・南下説になっています。

更に、本土米国(CONUS)旧石器と北海道物が類似の実証研究で、サイショのアメリカ人は第ゼロ波、第1波(石器人)、(共に沿岸ルート)、後続波(北米無氷回廊も通過)の3区分になるのです。問題は、驚きの南米DNA先住Population-Yが豪州・パプアニューギニア先住民・アンダマンOnge族と類縁であり、シベリア民・北米先住民Nativesとは合わない事であり、これ迄の見方を大きく変え、北米NativesとDNAや歯が合わずに無視されて来た祖人に光です。

➁A:北海道祖人は、生業航海の伊豆祖人の子孫であり縄文人の先代で南方系Onge、ManiqとDNAが類縁です。北上継続のルートは、鏡面対称の北米西海岸に適応の合理性もあります。アラスカ・カナダで発見されない本土米国の旧石器と類似という発表で渡米参加標準突破を大いに補強されています。B:シベリア民は北米先住民と合うが、南米とDNAが合わず、実は東部シベリア、アラスカに標準突破の2.5万年以前の痕跡は発見されていないのです。また、お手本なしに海民化(舟・海産物)しての西海岸南下はムリで、総合評価は北海道祖人より劣ると判断されます。

欧米では未だ論としてはっきり登場していませんが、環太平洋移住(MPOR)説は、発信後10年を迎え大きく前進してきています。

―祖代研究会(RSoJS) #祖人

日本人は、どこから?―始りの東亜地中海(EAM)祖史における西岸ルート(WCR)、そして最新の石器研究が環太平洋移住(MPOR)説を補強

現生人類が出中東後にインドを経てスンダランド地域に登場し、更に東進して渡海(90km以上)し豪州・パプアニューギニアへ、他方、EAM西岸ルートを北上して曙海北岸を時計回りで4万年前に北部九州に渡海しました。スローな”ビッグバン”で祖人Sojinは沖縄へ南下、北海道以北に北上の拡がりでした。注目すべき諸点は、次のとおりです。
1.アンダマン海周辺のOnge、Maniq先住民は、縄文人とDNAが類縁です(東京大 太田教授)。
2.東亜地中海(EAM)の東岸地域は、図(赤丸)のように始まり時代の痕跡が充実しています。しかし、大陸影響の大なる西岸ルート(WCR)は、痕跡は数十mの海面下、陸地では消滅・未発見の状況にあります。西岸では島民全員が時の権力者に移住させられた例があり、また、仮に痕跡が発見されても古い時代には調査も無く消滅していることも考えられ(1万件を超える祖代Sodai遺跡発掘の日本列島が世界の異例)ます。遺跡の発見が無いから無視は、歴史の真実を反映しないことを銘肝すべきです。
3.最初のアメリカ人は、氷河期の氷海から2.500kmの氷山混じりの困難な西沿岸ルート説の高まりで沿岸民が今注目されていますが、最新の石器研究において渡米参加標準参加標準を突破の北海道祖人について、その石器は米国と類似であり「北海道発」と発表して補強います。アボリジニと南米アマゾンの驚きのDNA類縁で注目される東亜地中海は、環太平洋の移住(MPOR)説の妥当な始まりとなるものなのです。(仏)フェルナン・ブローデルの「地中海」は注目すべき優れた研究であり、アジアにおいても同様の成果を得るために国際共同研究が期待されます。

ブローデルに匹敵する東亜地中海の研究を―祖代研究会(RSoJS) sunda-wind.net #祖人

1.前 言
世界では、日本人とは「日本人は、どこから?」と問う人たちと言われています。これまでは「どこから?」だけでした。博物館などの「北・西・南の3方向から日本列島への吹き溜まりの渡来図」が示すように、祖代研が提唱するまで「どこへ?」が真剣に語られた事はありませんでした。その大きな理由は、DNAや歯形が北米の先住民とは合わないというモノだったのです。しかし、近年の南米の海藻遺跡や北米足跡の発見に加え、DNA分析でのアボリジニ等と南米アマゾン先住民の衝撃の類縁発見などで状況は変わりました。アメリカ新大陸へはマンモスを追って入って来たと言う定説は崩れ、西沿岸ルート説が高まり、日本列島ルートを語る米学者も登場してきました。祖代研は当時の古環境、遺跡、DNA分析等から、出中東以後の現生人類拡散のアンダマン海、スンダランド、東亜地中海沿岸の重要性を「どこから?」で認識します。北米先住民DNA及び歯形と合わないだけで拡散史の否定要因も無く無視されて来た祖人の北海道からの北上継続を「どこへ?」として提起し、10年前には全くの仮説であった環太平洋移住説の研究実証化に努めてきました。北海道祖人は渡米参加標準を突破しており、2025年の日米チームの米国旧石器と北海道物の類似・伝播実証説で、説は大きく前進しています。
2.原郷・スンダランド地域
日本人は何処から? この問題は、現生人類の全世界への拡散の一コマです。図右上30万年前頃のアフリカに誕生した現生人類が10-8万年前頃に中東に進出し、東進したグループの南ルートと北上して内陸に向かいやがて北東進した北ルートと欧州に向かい北西進した西ルートがあります。図左下15万年前から南アフリカ海岸で海産物を食し赤色材を使用し暮し始めた痕跡は興味深いです。1万件超えの日本史の始まり祖代Sodaiの遺跡やDNAの分析、氷河期の古環境の認識に加えて近年ではアメリカ「沿岸ルート」説(学界をリードする欧米学者は軽視しがち)が高まっており、日本史の始まりである対馬海峡を越えた北部九州への渡海に光を当てます。「フネと海産物食」の沿岸民に注目であり、南ルートで東部チベット~スンダランドと北西の地域の「原郷」からの拡散となったものです。この人類史の拡散の流れの中で、東京大の太田教授はアンダマン海周辺の先住民と縄文人のDNAの類縁性を発見し、南方を起源とする北上のNHK番組が制作されました。4万年前の沿岸民の北部九州への渡海進出後の祖人Sojinの沖縄への南下、北海道以北への北上継続という人類拡散史なのです。なお、巷間の樺太、朝鮮半島(当時は山地)、台湾から与那国島・沖縄本島という3方向からの渡来図は時代がバラバラで新しく外に出ない全く誤解を招くものであり、北海道からの渡米という日本列島ルート説を抑制してきている阻害問題があります。そして近年の大注目は、原郷からさらに東進し90km以上の最古の渡海を経て豪州・パプアに進出した人類のDNAと南米アマゾン等の先住民のモノが驚きの類縁というHarvard医科大の発見、ブラジル研究機関の追認があり、万年前の多数家族の太平洋横断は有り得ず、台湾東部(北上)と中米コスタリカ(南下)に通過の痕跡(Harvard医科大)がみられるのです。祖代研は、インドネシア考古学及び地域の史的研究とこれらの祖代の状況から初期の構想を高めて沿岸ルートとしての「環太平洋移住(MPOR)説」として更なる実証化の研究状況に関するブログ発信を続けています。
3.日本への東亜地中海の北上
日本の学界では、約4万年前の北部九州への渡海が始まりと認識されています。フネと海産物の沿岸民に目を向ければ、東部アジア地域最古のスマトラ島のLida・Ajer遺跡、ラオス古人骨・ベトナム古文化、
スラウェシ(セレベス)5.2万年前の洞窟絵、カリマンタン(ボルネオ)及びフィリピン西部の3万年以前の数ケ所の遺跡などから現在とは異なる4万年前頃の東・南シナ海沿岸地域が注目され、祖代研は曙海、パンカル(地域語で始まり根元の意)海と命名して重要性を認識してきましたが、同海域西岸地域に遺跡発見が無い(基本的に海面下と後代による消滅・未発見)ことから今も学界はこの重要な海の回廊を無視し、内陸北上史観です。しかし、MPOR説とアメリカにおける沿岸ルート説の高まり及び北海道石器と米国者の類似・伝播説の発表で時は至ったと認識し、フェルナン・ブローデルの名著「地中海」史観との比較類似性から曙海・パンカル海を人類拡散史の重要な舞台として「東亜地中海」と命名認識し、東岸に充実した痕跡があるので同等以上の内容の存在を西岸に推定し、スンダランドから北上した西岸ルートから北部九州、沖縄へ南下という史観を提唱しています(現状では海面下と陸上消滅・埋没など実証化が難しいですが)。
4.北部九州渡海からビッグバン
重要な、正に日本史の始まりは、島国であるがゆえに4万年前の始まりの5W1Hが推定できる驚くべきことことなのです。図左上の復元地形と海面低下考慮から、黄矢印のような南方から北上して来た沿岸民の曙海の句がんの時計回りの移住(朝鮮半島・山地から渡来したは誤解)となり、図下:始原の熊本石器は祖人に迫っているのです。図右:沖縄(3.6万年前人骨、世界最古の釣り針)へ向かった種子(島、陸続き)には世界最古の陥し穴猟跡が発見されていますが、その知力、鉄器の無い時代の1m穴を多数作成する作業の社会性は言語を必須とし、「原始人ではなかった」事を示しており、祖人のスローな「ビッグバン」が始まりで北海道以北に拡散していました。
5.本州への拡散と北上
静岡・浜北遺跡は、始まり祖人と次代の縄文人の重要な歴史の繋がりを示しており、広島廿日市に最古の遺跡(4.2万年前)の発見報告がなされています。図左下:黒耀石を求めた恩馳島(当時は神津島に接続)への世界最古3.8万年前の伊豆の生業航海・物々交換は、「沿岸ルート」時代の世界の花形痕跡です。最初に欧州で発表した時には、祖代研が示した最長で20km程度の渡海、黒潮分岐流は無く波静かという説明でなかったために欧州学者に嗤われ相手にされなかったそうです。広大な関東平野は、多くの人々の遊動狩猟暮らしの現代的なインディアン・キャンプ痕跡(3.5万前~)や、「祖代の新宿」と言われる最古級の東京小平・鈴木遺跡に賑わいを示しており、長野高地の最古級遺跡も発見されて祖人の拡がりが推定されます。仙台と大雪は無かった日本海側は、古環境分析から海獣(オットセイなど)がいた(実は神津島にも)北海道暮らしの予行であったと考えられ、東西が合一した青森・陸奥平野での暮らしこそ北の縄文世界遺産の基礎であったと考えられるのです。予行を終えていた祖人は、狭かった津軽海峡を難なく越えて千歳や何でもあった襟裳岬を回った帯広に道内最古級遺跡を残しています。
6.北海道と千島北上
北海道で特筆すべき第1は、遠軽白滝奥で露出していた膨大な宝物の国宝・黒耀石が発見された事であり、沿海州や本州にまで交換で拡がっています。第2は既に九州から続いていた豊かな海産物のKelp海藻Highwayが沿岸に存在していたことです。何故、南方系人である祖人が極寒の北の地に向かったのか?それは食豊かなこの処女地の魅力(太陽に近づくことも?)と考えられます。北海道史では、かつてはマンモスを追い樺太から南下説が主流でありましたが全く痕跡発見が無く下火になり、次に石器文化の南下が強調されていますが、むしろ始まりの白滝黒耀石の北上であり、北の樺太・サハリンSからは早くても2.5万年、2万年前頃以降の細石刃文化の伝搬は、DNA分析から人の南下は大量ではなく、何よりも時期的に「最初の」アメリカ人参加に間に合わない、資格が無い事象なのです。また、昨年発表の石器研究でもアメリカの始まり時代には細石刃は全く発見されていない新しい(1.5万年前以降)文化なのです。暮らしに必要が無かったからと解釈する意見もありますが、祖代研は人の系統が違うのではと考えており引き続き事情は研究が必要です。3方向渡来図での南下・進入やこの細石刃文化の過度の強調は、少なくとも「最初の」アメリカ人である青森発の道東祖人の意義(PAHK)を世界に誤解させるものであり、学界ははっきり是正すべきです。
7.北海道東ゲートウェイ説
AIが渡米のLaunchpad発射台と命名表現した海藻ハイウェイ上の「道東ゲートウェイ」地域は北方領土を含む広大な地形でしたし、千島は一つ渡ると次々に島が見えた事は大きい要因でしょう。人類は見えていて行かないことはアリエナイです。北海道祖人は、対馬・南西トカラ越え、何より伊豆の生業の航海民の子孫であり、冬には流氷を歩いて行けたのです。渡米の参加標準を突破していたのに、世界の注目が遅れたのは3方向渡来図の樺太からの南下図が外に出る北上を阻害してきたこともあるでしょう。6千年前の縄文人は北千島まで行っていたのであり、北海道現地調査をした東京帝大の坪井正五郎、明治32年に鳥居龍蔵が坪井教授の指示で北千島を現地調査し、最初は誤解で否定されていた全国のコロボックル石器人(坪井)・縄文人の存在は北千島に及んでいるという見方は大正時代初期には鳥居がはっきり学術報告(学会講演、学術誌記述)していました。しかし、無視され放置されて来ているのであり、今や公に妖精・悪戯っ子として扱われ、妖怪にさえされてパレードしているのは世界学界に対する罪です。日本の大学・博物館はもとより欧州等で世界的に埃を被って眠っている貴重な千島・カムチャッカ関連史料を一挙に公開し、ルートの実証研究に向けた国際共同研究が行われねばなりません。北海道大の高瀬教授による研究では、15世紀と全く時代は新しいですが、北千島民(留頓るとん-祖代研仮称)が実はカムチャッカ南々部が主であった痕跡を発見していて、カムチャダールに追われて南に戻り北千島民になっているのです。推定すれば、更にずっと北に進出していたが追われたと考えられ、注目の米臨海(仮称、北極海の冷水流入は無かった)のベリンジア南岸(BSC)も視野なのです。
8.最初のアメリカ人は3波の重層・複数
2025年は、Science Advancesに日米の大学研究者チームが米国広域の最古級の旧石器が北海道・白滝物に類似しているという広範な分析に基づく「北海道発」説が発表され、大きな前進となっています。祖代研は、アメリカ始まり史の最前線で、北米はもとよりシベリアや南米を含む遺跡の考古学の実証史料や近年のDNA分析等を総合的に考察し、沿岸ルートでの始まりからその後の北米内陸の無氷回廊IFC開通後に及ぶ時代・ルートの進入・拡散における3波説を発信し明らか(沿岸から拡散の➀➁、強い、主に内陸系による③後続波)にしています。DNA議論におけるベリンジアでの数千年の滞留Standstill問題は、➀➁には関係なく③にはあり得るでしょう。DNA研究者が想定するベリンジア又はそれ以前のアジアにおける最初のアメリカ人に関するDNAの混合変化も、青森・道東地域は候補でしょう。欧米学界の北米先住民Nativesを意識する依然としたシベリアからという内陸人イメージ主流説に対し、祖代研は、人類拡散史の「最初の」(南米に痕跡)アメリカ人解明を追求しており、欧米学界主流に対し、A:南方域系DNAを含む南米先住Population-Yとシベリア民のDNAは全く異なる、B:シベリア内陸民はお手本なしに北の氷海でフネを操り海産物食とする海藻ハイウェイ2500km移住などできたのか、と根本的な疑問を発信しています。引き続きの研究課題なのであって、Who?は未だ決着しておらず、むしろ北海道祖人が有力なのだと発信を続けているのが最前線の実情です。
9.結 言
歴史の研究は温故知新であり、何事も始まりを見つめ認識しなければ現代から未来への考察は砂上の楼閣でしょう。特に我が国が直面する21世紀のインド太平洋時代における人類拡散・東亜地中海史は、その基礎となるものであり、対立の厳しい現状から国連(UN)が主導して国際共同研究がなされるべきであると提唱します。
ー祖代研究会(RSoJS) #祖人

知られざる祖代Sodaiの状況、今や文明と言われる縄文Jomonの基層なのです。

左上から、➀始まりは曙海北岸時計回りの黄矢印で対馬渡海、沖縄南下・北海道以北に北上のスローな“ビッグバン”、➁祖人の熊本で発見された始原の石器群、③祖人の復元顔は南方系、④実証の浜北人骨は祖人と縄文人繋がりの実証、⑤⑥⑦世界の1万年前の磨製・長野の芸術品の神子柴・白滝石器は国宝、⑧陥し穴猟は原始人ではなく、⑨釣り針は世界最古、⑩伊豆の生業航海に注目、左下⑪関東祖人のキャンプはインディアンNatives的、⑫.賑わいの”新宿”と言われる鈴木遺跡、13、14は歴史の扉を開いたモースと相沢、15.世界遺産・縄文物の基礎は陸奥平野祖人の文化、16.道東ゲートウェイから発進の北千島痕跡に光。大学、博物館、欧州等で埃を被っている貴重な史料の一挙公開と国際共同研究に期待です。
図右:昨年の石器研究発表で北海道が注目され、総合的な考察からそれは3波の渡来であり、➀沿岸第ゼロ波は足跡や南米・海藻遺跡に、➁沿岸第1波は米国各地の最古級の旧石器遺跡へ、③後続波は主に無氷回廊IFC開通後(12,700年前)に進入、強い影響を持って拡散しました。

渡米の参加標準突破の祖人は、この始まり時代のアメリカ新大陸の西沿岸ルートの有力な候補です。
―祖代研究会(RSoJS)    #祖人

図右:最初のアメリカ人は3波の重層・複数であり、「最初の」第ゼロ波・第1波はアメリカ新大陸の西沿岸Kelp 海藻Highwayルートで進入・南下拡散ですが、北米では強い後続波DNAにより吸収・消滅したものと考えられます。

欧米では依然として内陸族が主流ですが、A:南米先住Population-Yという南方域DNA類縁とシベリア民や北米Nativesは合わず、B:厳しい北の氷海でお手本なしにフネと海産物食の「海民化」はムリであり、北海道祖人Sojinが有力と導かれます。
図左下:DNAの分析、沿岸ルート注目で現生人類は南方から北上し曙海北岸を北部九州に渡海の祖人Sojinは、沖縄へ南下、本州東西(当時は大雪は無かった)を北上し世界最古の伊豆の生業航海などを示して青森・陸奥平野で合一し、左上:道東ゲートウェイから最新の実証・石器分析によりPA青森HK(樺太サハリン細石刃文化の南下強調は誤解招く)渡米説補強の大前進中という2026最新の状況です。
ー教室に祖代Sodai・祖人を―祖代研究会(RSoJS)   #祖人

図左上:大半の貴重な関連研究資料は埃を被り片隅に置かれています。今年は世界の北海道注目で、国立民族共生記念館に内外の史料を集めて一挙公開が期待されます。

図左下・右:人類は南方から北上、小島の多かった曙海の北岸を時計回りで4万年前(広島廿日市遺跡は4.2万年前)に北部九州に渡海し、沖縄へ南下、北海道以北に拡がったスローな“ビッグバン”です。「最初のアメリカ人」はマンモス追い定説が崩れて沿岸ルート説であり、3.8万年前~伊豆の生業航海は今注目です。今回大前進の日米チームの広範な石器研究により「北海道 発」(学界に用語の無い「北海道祖人」の渡米)がScience Advancesに発表されました。「最初のアメリカ人」はアジアから3波(祖代研)で、➀「第ゼロ波」沿岸ルート拡散は素朴石器、北米「足跡」、南米の海藻遺跡・Population-Yなど、➁「第1波」は今回発表の沿岸拡散の米国旧石器痕跡、③「後続波」は氷河期後、主に北米内陸の無氷回廊IFCから南下拡散、特に現在の北米先住民と直結的(祖人はこれと異なり長い間、否定無視されてきました)。―祖代研究会(RSoJS) #祖人

現生人類史「最初のアメリカ人」は、「マンモスを追って進入」の定説が崩れて沿岸ルートが注目され、今回の米国旧石器と北海道物が類似の実証で、大きく前進の北海道祖人説2025

図左下:出アフリカの現生人類が東進しインドを経て、スンダランド地域の原郷(縄文人はDNA類縁)から沿岸を北上し、4万年前に曙海北岸を時計回りで北部九州に渡海して、祖人は沖縄に南下、北海道以北に北上[北ー樺太、西ー朝鮮半島(当時は山地)、南ー台湾から渡来という博物館などの3方向図は誤解の元]しました。3.8万年前の伊豆の生業航海は、注目です。
図左上:一歩一歩の北海道祖人の渡米説は、今回の広範な北米等(国宝の白滝含む)の石器研究の実証により大きく前進しています。
図右:あらためて南米(注目のPopulation-Y)南端までの環太平洋移住(MPOR)説(現代経済TPP、祖言語も)に光の年末となりました。
不思議なのは、人類の歩みと火山帯の符合であり、先生、合理的な説明はできるのですか?

大きく前進の行く年、令和7年―祖代研究会(RSoJS) #祖人

―北海道を含む人類拡散史の環太平洋移住(MPOR)説の発信は、未だ祖代研だけ!

➀日米チームのScience Advances日米旧石器の研究論文での指摘、➁論文紹介の朝日新聞記事、③渡米について解説のこのyou tube動画で、はっきり北海道Hokkaido登場の2025です。来年は、スンダランド地域~日本列島~ベリンジア南岸~アメリカ新大陸西海岸の南下拡散~南米南端という祖代研MPOR説の広範な登場を期待します。

1.「最初の」アメリカ人は、沿岸ルートの第ゼロ波と第1波であり、後続波が北米内陸の無氷回廊IFCを主に通過した重層の「最初のアメリカ人」(First Americans)複数波説です。
2.注目すべきは、P(旧・祖代)A(青森・陸奥平野)H(北海道)K(Kuril千島)でしょう。北海道への南下が遅い(細石刃の文化の南下伝播説)樺太・サハリンSでなく。
3.アリューシャンへの多数家族の2.5万年前・330km越え東進の渡海は、ムリでしたでしょう(祖代研)。

―祖代研究会(RSoJS) #祖人

(動画への意見投稿)

1.PSHKではなく、青森が重要で、北部九州に渡海してから祖人Sojinは沖縄に南下、列島の東西を北上して当時の青森・陸奥平野(今は陸奥湾)で合体し北海道に適応して北上を継続した訳です。従って、PAHKを認識すべきなのです。実際に真の「最初の」アメリカ人参加資格は、2.5万年前頃にベリンジアに到達、2.3-2.1万年前にニューメキシコのWhite Sands に拡散という状況なのです。樺太から北海道に細石刃文化が伝わったのが2.5万年以降で最初の渡米に間に合わず参加資格が無く、行っても遅れて行った真の最初の対象外の人々なのです。
2.そして重要な事は、北海道の遠軽白滝で見つかったECOP石器が通り道のアラスカ・ベリンジアに無くて南の米国に沢山ある。同じように、東南ア・豪先住民のDNAが、南米Population-YのDNAシグナルと類縁なのに通過した北米で見つからないと言う同様の事象で、はっきり沿岸ルート拡散を示し、重層の複数の波でアメリカ新大陸に入って来たという状況なのです。つまり、ファーストアメリカンは、沿岸ルートの「第ゼロ波」と「第1波」と内陸路からも入った「後続波」があり、この石器祖人は「第1波」なのです。第ゼロ波が南米Population-Yに相当。それは縄文人の祖先・先代の祖人Sojinであり、学界に用語が無いだけで幻なんかではアリマセン。
3.アリューシャン列島の遺跡は、東から西に広がったものであり、人類の拡散はカムチャッカ東岸~ベリンジア南岸~アラスカ湾です。と言うのは、カムチャッカからベリンジア西端のアッツ島めまで渡海330kmもあり、2.5万年前に多くの家族が越えて行ったとするのはムリです。
是非修正しsunda-wind.net で学んで、スンダランド地域から「東亜地中海」西沿岸を北海道にまで北上して繋げ(環太平洋移住MPOR説)、再放送をー祖代研究会(RSoJS) #祖人

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