欧米の誤解、周回遅れの日本に、まず最新の整理表に基づく理解が必須です。

図左➀南米モンテ・ヴェルデ遺跡や北米ニュー・メキシコの2万年以前の足跡発見で初説が定説が崩れていき、欧米の論議は混迷しています。最新説では、定説だったシベリア・古東アジアの内陸狩猟族には、厳しい北氷海でのお手本の無い初めての沿岸ルートのフネと海産物の暮らしはムリですし、南米とのDNAも合いませんから、この点で適合する航海力のある北海道祖人は、最古Deep-DNA(AI)の豪・アンダマン等の「南方」一部とハッキリDNAの親和性がり、南米ともシベリア族よりはよい状況なのです。南米への近年の注目で、南方一部とはっきりDNA類縁の祖・縄文人を北米先住民との関係で否定してきた欧米の先入観は、実は時代遅れな誤解です。内陸族の2.5万年以前の無氷回廊通過説もありますが、間もなく閉鎖で後が続かず衰退との見方をAI-Grokが示しています。

図右②「最初の」アメリカ人について、近年の沿岸ルート説の高まりで第1波の南米先住民(Population-Y、「Deep-DNA」が豪アボリジニ・アンダマン諸島先住民等とDNA類縁)が注目され、伊豆で世界最古の生業航海をし、南方一部(アンダマン諸島・マレー半島の先住民)とDNA類縁の縄文人の祖先・北海道祖人Sojinの“発射台”(AI命名)からの北上継続によるベーリング地峡へのKelp昆布Highwayルートに光が当たってきているのです。

教室は周回遅れ―日本祖代研究会(RGaPJ)  

#祖人


図左:誤解招く3方向渡来図、始まりの事実は南方インマレーの北上による1方向性の人類拡散史(寒冷適応の身体変化のモンゴロイドの南下が第2段階)です。南は慶良間ギャップ越えがムリで考古痕跡は鹿児島からの南下を示し、北は青森北上に比し樺太南下は数千年は遅過ぎで白滝石器は北上、西は沿岸・平野~(朝鮮)高山地越え~(日本海)大渡海の論外で、竹島通過・万博行きルートかと揶揄すべき酷さの「吹き溜まり・閉じ込め」歴史観なのです。科学展で、田園洞の場所誤記は呆れます。

図右:人類DNA拡散史、「最初のアメリカ人」で図のような研究発表もなされています。渡米参加資格突破の北海道は、Kelp昆布Highwayルートで今、注目されてきています。AI-Grokが、ルート始まりの北海道東を「Launchpad・発射台」と命名しています。米国研究者などは、樺太~道東(PSHK)を挙げていますが祖代研は青森~道東(PAHK)を主張して対抗しています。P-Paleo 古、S-Sakhalin 樺太、A 青森、H 北海道、K クリル・千島です。
日本史の始まりは、曙海沿岸民の北岸時計回りで対馬海峡を越え北部九州に筏渡海、沖縄へ南下、本州を東西(当時の日本海側は大雪無し)から北上し青森・陸奥平野(海面低下で当時は現出)から寒冷適応の祖人は、北海道以北へという状況でした。
教室に原点の重要な始まり時代史を―日本祖代研究会(RGaPJ)  #祖人

➀北米2.3万年前の足跡発見で更に定説が崩れ、西沿岸ルートの第1波南米人“Population-Y”の“Deep-DNA”が注目されており、「Launchpad・発射台」(AI命名)からの渡米参加標準突破で北海道祖人(これまでは北米先住民DNAと合わず無視されていた)に光が当たってきています。

②在地の考古学者David Palomino発表では、標題の女性はアメリカ新大陸最古文明のカラル遺跡で、東北縄文と同じ石柱環状列石があります。北千島の縄文土器、エクアドルとの土器の類似など注目の沿岸ルートの発見諸遺跡には祖人・縄文人が関わったとしての否定要因は無く、日本史の解明とも認識し、日・米・露・南米の共同総合研究を日本が主導すべきです。

教室は最前線の紹介を―日本祖代研究会(RGaPJ)  #祖人

5W1Hの「W」hy?―島が見えた「好奇心で」

図左:現生人類の脳に不安を感じにくい変異が生じたのは、丁度「出アフリカ」が確認されている10万年前頃と千葉大・佐藤大気チームが日経サイエンスで発表しました。つまり不安を感じて新たな冒険をしない傾向よりも、不安に打ち勝ち知力・好奇心を発揮する方が行動の誘因になったとも考えられるという脳史研究です。日本史始まり推定の5W1Hで、これまで残っていたW-whyに「好奇心で」との推定ができます。いずれにしても島国のために約4万年前の状況が推定できる事に、世界はびっくりの驚き(こんな国はそうは無い)でしょう。対馬への筏は、氷河期で丸太舟にする太い木材が得られず、当時の対馬海峡はまだ暖流無く波が静かだったとの推定からです。

図右:➀「最初のアメリカ人」問題は、約2.3万年前の足跡がニュー・メキシコで発見されて定説崩れがさらに進んで沿岸から進入説が高まり、また、南北アメリカ新大陸の最も古い痕跡として第1波の南米DNAが重要との認識が強まっています。②北海道祖人は、今や新しい北米先住民のDNAと合わないとの理由で無視されてきましたが、新動向を踏まえた否定要因も無く渡米参加標準を突破しており浮上、③始まりの日本史で、不安より好奇心優先(時にあった先行悲劇を乗り越え) で、対馬へ、南西諸島へ、神津島へ、千島へ、見えたから乗り出して行った、という説明は納得です。

AI時代、教室は最前線を伝えよう―日本祖代研究会(RGaPJ)  

右図 AI-Grokの人類拡散史は、古DNA人が東南進し豪へ、北上しベリンジアを経て南下したとする「太平洋沿岸時計回り」の南米南端への拡散であり、➀豪等と南米の先住民の東西超遠隔のDNA類縁の謎に答えをあたえました。また、②厳しい北の冷海での海民行動と南米Deep-DNAとの親和性から、定説のシベリア・東部アジア民ではなく、北海道祖人・候補の最初の沿岸南下の進入を支持しています。

左図 東京帝大・坪井教授は北海道での竪穴住居等の遺跡現地調査(アイヌ聴き取り含む)を踏まえ、最古の列島石器人(縄文人)をコロボックルと学術命名し、アメリカ視野の4視点で北千島民に注目の慧眼です。これらを実地に調査・探求に努めた鳥居龍蔵の重要な諸成果は今、埃を払い現代の最新研究の光を当てて取捨し生かすべき貴重なものです。
巷間の誤解正し―日本祖代研究会(RGaPJ)
#祖人

↑トップへ