―欧州学者の祖先が全く海に向かわなかった時代に、始まりの東アジア南方・オセアニアでは豊かな海道ネットワークの暮らしがあり、スペインやフランスよりはるかに古い時代の洞窟絵があり、洞窟で舟の絵を描く人々もいました。海民は「東亜地中海」を北上し亜熱帯を越えて適応、北の曙海北岸から4万年前に対馬海峡を渡海し北部九州に到達、祖人Sojinは沖縄に南下し北海道以北に北上した、多島海OSをもって「海道」をフネで移住した民です。青森・北海道祖人は北上を継続(PAHK)し、ベリンジア南岸から氷海4,500kmをフネで西海岸を米国に南下、ニューメキシコに最古の足跡を遺し南米パタゴニア南端まで古い東アジア基層BEAのDNAを運んだ最有力候補なのです。欧米学者がイメージを引きずる大槍持ちのシベリアANA狩猟民が、初めてベリンジアに出て来てお手本も無しにこんなフネの移住ができたとはとても考えられません。

1.欧州において日本人の研究者が、3.8万年前の伊豆の黒耀石採取の生業航海と広域交換の話を紹介したら(アリエナイと)笑い飛ばされました。インドネシア・スラウェシの島で仏・スペインより古い洞窟絵の発見で欧州学者はショックを受けましたが、更に、洞窟で驚きの舟の絵を描く人もいたのです。
2.Harvard医科大が10年前に南方と南米の両先住民の驚きの大遠隔DNA類縁の発見をしましたが、博士はシベリアと南米のDNAが合わないので頭を抱え、「(太平洋を)渡ったんじゃないの」と記者に冗談で答えざるを得ず、今も何となくこの大発見は放置され、祖代研のみが理論祖史学を提唱しそのことを踏まえて理論的な「東亜地中海」西岸北上から日本列島ルートで渡米し沿岸南下という環太平洋移住(MPOR)論を発信し続けている状況なのです。
3.さすがに北米ニューメキシコWhite Sands の「足跡」2.3万年前の発見(3手法の年代確定)で、マンモスを追った無氷回廊ルート説が破綻し沿岸に目が向いて来ましたが、日本では樺太・朝鮮半島・台湾からの「3方向渡来説」が閉じこもったように北上しないブレーキとなっているのです。欧米ではシベリア狩猟民や北京・田園洞人が、海民化し南下したとイメージが継続しているようですが、北のベリンジア~米国の4,500kmの氷海岸でのフネと海産物移住は初出ではムリでしょう。一方、伊豆の生業航海民の子孫である北海道祖人の北上継続を否定する要因はなく、米国最古級旧石器が北海道物に酷似の研究発表の実証補強もあり、最有力候補なのです。
4.確かにシベリアANA狩猟民は、アラスカには先入の可能性がありますが、本土米国進入は大氷床に阻まれ後続です。北米先住民NativesのDNAは、後続のシベリア(バイカル湖など)地域民と人骨実証ではっきり類縁なので「最初の」米国以南への進入はどうでもいいということなのかもしれませんが、日本史にとっては「最初の」南米まで拡散したことが問題なのです。特に、北米先住民と縄文人は、DNAも歯も違うと世界に喧伝されましたので、①問題は北米ではなく、南米(北米とはDNAが合わない未発見)にまで「最初に」拡散したのはWho誰か?である、②縄文Jomonは新しく、4万年前からの祖人Sojin(日本学界に用語が無いことが問題)を対象に検討せよ。沿岸ルート時代に伊豆祖人の生業航海に注目すべし。と、祖代研のみが内外に発信している状況です。
AI時代に、明治時代の文明開化期における先達が「コロボックル」用語を制定しての「日本列島人」の探究論議の扉を開いた事を想起すべきであり、学術の進展のため世界も更なる日本ルートの実態の解明に期待していると考えるべき状況に至っているのです。まずはコロボックル学史に光を当て、祖代・祖人の用語の制定で世界拡散史のJomon誤解を正すことからです。
#理論祖史学 #祖人 ♯環太平洋移住MPOR論 #最初のアメリカ人3波重層説
*国際的エビデンス(DOI取得済み)
当会は、学術リポジトリZenodoにおいて国際的な識別番号(DOI)を取得し、引用・参照が可能な公的知見として登録済みであり、先行知見としての先取権を確立しています。
公式リンク(DOI): https://doi.org/10.5281/zenodo.19181986






















