(日本史最前線) 祖人縄文に国際の波、文化庁遺産・淡路ユダヤ遺跡と神武・大和王権。あのソ連撃退の樋口ハルピン機関長は淡路南部の浜出身。

カテゴリー: 最新情報,祖代(Sodai)・祖人(Sojin),遺跡

今、ポスト縄文が熱いのは国際的な稲作、青銅・鉄、知の波が及んできたからで、文化庁指定の淡路島南部の小路谷(オロダニ)の日本遺産・イスラエル遺跡の実証意義は重いです。

本来、考古学・DNA分析が示す約4万年前の筏渡海による祖人Sojinが沖縄から北海道に拡がった始まりの対馬・北部九州が第1に記述されねばならないのに、淡路島が日本最初・最古の名誉の島として記紀に記述された不思議。しかし、①盤余彦(神武天皇)の船団が重要な浪速から上陸戦闘し伊勢に大迂回を行って大和王権を樹立し発展しており、近傍の淡路島史をよく見ると、②海民と船で渡来の国際知を有し「島に導かれ神に感謝する」離散イスラエルの民(フェニキア含む?)の存在があります。公的には淡路島は、王権以来の皇室と都の民に海産物を提供したからとなっているが、実証痕跡である先進渡来のイスラエル遺跡の関わりを認識すべきでしょう。

③終戦危機時のソ連軍撃退(占守島)北方防衛のあの樋口軍司令官も実は淡路南部の浜出身であり、日独伊三国防共協定下の中でハルピン特務機関長時代に初回の極東ユダヤ人会議が行われたことこそ注目すべきです。そのことがその後も樋口機関長は、満洲国が入国を拒否しているのにも拘わず自ら満鉄と交渉し、苦境の2万人のユダヤ難民の列車入国を果たした救済につながっており、マッカーサー総司令官がソ連の樋口中将引き渡し要求を断固拒否したのも当然です。公には、樋口中将のヒューマニズムが喧伝されていますが、淡路島南のユダヤ痕跡を認識する必要があるでしょう。なお、DNA的に日ユ同祖論は否定されています(東北大 田中名誉教授)。最近、外国籍の人の横暴が問題になっていますが、イスラエル遺跡には、「この地に導かれて感謝」と記されており、問題外国籍の人々にはよくかみしめてほしいものです。―日本祖代研究会(RGaPJ)

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