「最初の」アメリカ人(沿岸ルートから進入し南下)議論における北海道祖人は、その年代(ベリンジア南岸到着2.5万年以前)から、樺太Sahalin人、縄文人Jomon、Ainuでは全くアリマセン。祖代Sodai、祖人Sojinという用語が、未だ教室にないだけの混迷なのです。

1.現生人類拡散の最初のアメリカ人は「シベリアからマンモスを追って進入」」定説が崩れ、DNA、考古学、古環境の解明など種々の新発見で「Kelp海藻Highwayや沿岸ルート」説の登場であり、暮らしの「多島海OS」を持つ伊豆祖人の生業航海に注目です。海外では、北海道祖人の渡米動画が今や普通に登場しています。
2.実は、私たちの祖先は「東亜地中海」(当時の西太平洋の東・南シナ海)の沿岸ルートを北上移住した沿岸民でした。彼らは内陸の混血地帯から離れ、4万年前という早い時期に北部九州へ到達して「スローなビッグ・バン」で沖縄から北海道まで列島中に拡がり、寒冷に強いデニソワ因子者は北上を継続して渡米し、子孫の縄文人は温暖化による因子の減少及び海峡で渡来は少ない島国環境で隔離されたため、大陸のデニソワ要素とあまり交じわらず今流行の要素は極少で大陸人と違いを見せています。
3.南方スンダランドからの東亜地中海の西岸北上であり、祖代の沿岸民こそが日本列島を「発射台」として北海道からアメリカ新大陸への北上を継続し、厳しい北太平洋の沿岸を「フネと海産物食」で移住し得た「最初の」アメリカ人である「第ゼロ波」、「第1波」なのです。他方、内陸シベリアの狩猟族がベリンジアに出て来て、北の海で初めて「海民化」して2,300㎞の新大陸北西岸を本土米国へ南下するのはムリ(祖代研)でしたでしょう。
4.注目の南米オーストララシア性DNAのPopulation-Yと共に実証材料として、北海道の「若葉の森遺跡」物と類似の南米南部沿岸で見つかった名のある制法でない「非定型剥片・礫石器」があります。マンモスを倒す精巧な大槍用の石器ではなく現場の流木や貝を加工し住まいを整えるためなどの「実用本位の素朴で簡易な石器」であり、海藻活用とともに祖先の「最初の」渡米の痕跡とも言えるものです。
最初のアメリカ人に欧米が縄文人JomonやAinuなどを登場させているのは、祖代・祖人の用語が無いための誤解です。教室に、博物館に、日本史始まり用語の祖代・祖人を。 #祖人
*国際的エビデンス(DOI取得済み)
当会は、学術リポジトリZenodoにおいて国際的な識別番号(DOI)を取得し、引用・参照が可能な公的知見として登録済みであり、先行知見としての先取権を確立しています。
公式リンク(DOI): https://doi.org/10.5281/zenodo.19181986