
図中:明治の文明開化期の坪井帝大生は人類学会を興し、欧州留学でも求めを得られず自ら「コロボックル」用語を採用制定(現在の「祖人Sojin」用語の導入と同様)して理論化し活発な学術論議を主導しました。北海道の遺跡及び聴き取りの現地調査を経て、坪井教授は北千島民が海外イヌイットと類縁という先見的視野やコロボックル全国遺跡図作成の総合性に及んだ学史上の先達です。コロボックル先住説やイヌイットにしても北千島民についても当時は世に入れられませんでしたが、弟子筋の第1級のフィールドワーカー鳥居龍蔵が、明治23年の北千島現地調査後には「コロボックルはいなかった」(噂の当人がコロボックルなんて聞いたこともないと答えたのは、今から見れば当然のこと)と伝えられ、坪井教授は誤りとされ、コロボックルはその後、いたずら妖精や妖怪にまで誤解されて正されていません。しかし、大正7年になって経験を積んだ鳥居が学界で講演し学術誌に記述、「北千島民の実態はコロボックルそのもの」(坪井教授が正しかった)で、樺太、道内アイヌより古いと判断を示しています。また、北千島民とイヌイットの話も当時は全く相手にされていませんでしたが、今の「最初のアメリカ人」論議の時代になれば、その視野は慧眼です。残念なのは、コロボックルのみならず坪井教授も正当に学史上の評価を得ていないまま放置されていることなのです。
図中下:近年の理論古史学上で特筆すべきは、Harvard医科大による(サンパウロ大も)豪州等とアマゾンの先住民の大遠隔のDNA類縁の発見で、人類拡散史の探究における日本とブラジルの関わりが浮上すべき契機でした。しかし、定説のシベリア民も縄文人も北米先住民インディアンも適合せず、無論万年前に豪から南米で多くの家族が太平洋を横断するなど考えられず、「渡ったんじゃないの?」の冗談で放置され、祖代研の「環太平洋移住MPOR」説の提唱のほかまともな理論的内容の裏付けをもって発信されることのな推移しており、日本とブラジル・アマゾンの古史を語り探究する動きはありません。それどころか明治時代から始まった移民などにより日系人が200万人を超えるといわれていながら、祖代研以外に古史に言及することはアリマセン。
図右:米国でのニューメキシコ州White Sandsの「足跡」遺跡や有茎旧石器の日米の酷似という発見と分析により、近年では内陸定説が崩れて祖人が登場している海藻Highwayの「沿岸ルート」説へ大転換してきております。
図左:定説のY-シベリアANA(田園洞人を含む)狩猟族が、氷塊漂う厳しい北の海へ初めて出て来て「フネと海産物の海民化」を果たし超長距離移住(2,300km)はムリとみられ、X-祖人が伊豆で良質の黒耀石を求めた生業航海歴(それまでに育んできた「多島海OS」)から有力で、米国の最古級旧石器が北海道物と酷似という分析もこれを支持しています。
理論古史学の新仮説は、①環太平洋移住・沿岸ルート、②最初のアメリカ人は、初期Xの沿岸南下と後続Yの内陸進入という重層の拡散 です。
―教室に、世界に、「祖代Sodai/祖人Sojin」用語を、「最初のアメリカ人問題を。 そして、理論古史学の確立を。 #祖人
*国際的エビデンス(DOI取得済み)
当会は、学術リポジトリZenodoにおいて国際的な識別番号(DOI)を取得し、引用・参照が可能な公的知見として登録済みであり、先行知見としての先取権を確立しています。
公式リンク(DOI): https://doi.org/10.5281/zenodo.19181986