Facebook: Nara Akira

アトランティスは、大陸と呼べるほどの大きさを持ったで、この記述は、一部に大半島であったのではという説(パンカル半島?)のもとになっています。そしてそこは、沢山の象もいる動植物、鉱物、豊かな環境に恵まれて繁栄した王国です。

この気候、豊かな動植物、鉱物などの環境に関する詳細な記述が、ここの小学生たちに世界のどこの国のことかと聞けば「此処!!」と答えるぴったりなものです。世界の学者もアトランティスが存在するなら、赤道付近ということで一致しています。

しかし、世界の学者がパンカル半島のことをよく知らないのでは、ということの他に世界地図認識の問題があります。西欧、アフリカ西部中心の地図を子供のころから見ている人は、日本やパンカル半島は遠い東の果てです。

そこでパンカル半島が繁栄したが沈んだ王国として話は分かるが、それだと変じゃないかとなります。

東の果てからどうやって地中海西部のジブラルタル海峡を通って攻め込めるのかという訳です。地中海付近の候補地は除外してみると候補地は大西洋西岸地域です。

あるいは、何故、紅海から来ないのかと。

紅海については、やはり植民地を大西洋岸から地中海のエジプト、イタリア西方等にまで保有していた態勢があります。また、当時、水深は60m位低く紅海の細く狭い一本水路を大艦隊が進入するのは両側からの攻撃に極めて脆弱です。

それならアフリカの喜望峰を回ったのかと。ここで、考古学的に裏付け得る確たるものは今のところありませんとなります。万年の古さの事象は、記録がないこともさることながら、水深が数十m上昇しているために沿岸の遺跡・遺物の発見は極めて困難です。

そこで、プラトンのAtlantis話は、進んだ豊かな王国がかってパンカル半島に存在し、かつ、沈んだことで世界各地の人々に様々に語り伝えられたが、王国の細部状況、海外植民地等は分からないとなり、話半分ということで一応決着になります。

陸上の問題と異なり、古い時代の航海については実証が困難で分からないことから軽視されがちです。辿り得る一つが、エジプトのヒエログリフに残り、世界の学者も実在を認めるファラオの”Punt”(豊かな宝物の地)への船団遠征交易です。

紀元前26世紀エジプト第4王朝クフ王の時代、プント国から黄金がもたらされたという記録がある。(wikipedia)

しかし、その後の遠征で得られた様々な貴重な物資の記述はあるものの、その場所がどこかということについては今もはっきりしません。

古文献に示されたプントへの道筋と、プント国の比定地(wikipediaから)

最近、Atlantis研究家のDhani IrwantoやChandek Lu-Shiangshe が、得られた種々の貴重品の在地分析、年に1-2回という限られた大航海である特性などの詳細な研究により、パンカル半島のスマトラ島であることを発表しています。

これは、時代も下り、かつ、パンカル半島側からではなく、エジプト側からの航海ですが古い時代の長距離航海例です。

(Chandek Lu-Shiangsheから)

それではもっと古いものとなりますと既に当HPでお伝えした伊豆半島と55km離れた神津島との頻繁な黒曜石取得の航海で、最短航海で島に行くとしても十数キロの外洋航海を要します。

遠距離ということでは、時代がはっきりしませんが、パンカル半島人がインド洋を越えたマダガスカルに植民しており今も同種人種がいます。ジンバブエは、独自発展説がありますが、あれだけの巨石建造に至る当初の建造は伝播の可能性があると思います。

そして、私が注目してますのは、パンカル半島からアフリカ中西部への伝播が確認されている根菜類についてです。何故か、東部で船を降り陸上を西進したように書かれます。

歴史上、喜望峰を回った最初の例(1500年頃)としてポルトガエルVasco da Gamaの名が挙げられますが、オマーン沖で船が発見されています。

彼の航路で感じますが、アフリカに船で渡った根菜類が、何も陸上を西進伝播しなくても彼の逆航路で喜望峰を回って中西部に至ってなんの問題があるかということです。

コロンブスのアメリカ発見のように、欧米人の描く歴史であって万年前に無名人が回っていたと思うのです。

(ヴァスコ・ダ・ガマ航路 – Wikipedia)
その理由は、渡り鳥です。ここで小鳥が非常に大切によく飼われているのに気づきましたが、
国章も鳥、そして、シュメール文明もエジプト文明も古い時代の鳥重視は注目されます。
鳥は巣を作るので行く手は土地の存在を示し、鳥が土地を持ってくる神話もあります。
風土に合った根菜類だけでなく、カナリア諸島、英国などの古い巨石建造物があるのも、
また、アトランティスだと言う各地などもこの沿岸の道で鳥に導かれ伝播したのではと考え
ます。

此処の輸送システムは、なかなかだと思います。町の中をオートバイ、自転車3輪車、ミニバスが、街から町へ、県外へはバスが、州外へは長距離バスが、人の都合と懐具合で選ばれて網の目を構成し、大小のターミナルが人の必要とする物とサービスを提供し支えています。

大昔の沿岸の海の道もこのようなものだったと思います。オウトリガーのカヌー舟から帆を幾つも持った大型の船までが時には風待ちし、賑わいのターミナルや租界に支えられ情報と物資を伝播していたのだろうと思います。

そうでなくては遠隔の類似の遺物が理解できない例が多くあります。コロンブスやガマのように一艦隊で全行程行くのではなく網の目で波のように伝わっていく状況だったのだろうと思います。

そしてその後の陸上の情勢や海面上昇でターミナルや租界、造船所などは消えたり、あるいは別の形で港町となったりし分からなくなっているのだろうと。船乗りは寡黙、knowhowは徒弟的な口伝ですし。

なお、アトランティス話は、最近、再び盛り上がりを見せ始めており、最有力候補のパンカル半島のここだったという所論も出ています。私は他の命題の傍らこの話も追ってますが、依然研究中という状況です。

以上

 

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ロマンのアトランティス話は、日本の邪馬台国を巡る諸論と似ているところがあります。一番の違いは、そもそもアトランティスは在ったのか、プラトンの話は歴史として扱えるのか、というそもそも論があることです。

従って、①そもそも論(否定派)、②在った、何処か派、③受け入れ・納得派、④分からない(何とも言えない)派、⑤話に便乗派 などに大別され、それぞれ色合いがありますが、②は在って欲しい、在ったとすれば、なども混じった上でともかく何処か、追求派と言えましょう。

そして話は、②派がリードする形で盛り上がり、しぼみ、を繰り返す中、①派が冷ややかに否定し、④派がそれらしいものを見つけたと言ってみたり、⑤派が観光地、飲食店を展開したりといった状況で、何千という関連本が書かれています。

アトランティスは、古代ギリシア哲学者プラトンが著書対話篇の『ティマイオス[1]及び『クリティアス[2]の中でエジプトの神官が、訪れた客人のギリシャの哲人ソロンに9千年前のギリシャの誇るべきこととして語った話(BC565年頃)です。(従って、11,600年前頃という数字が一般的です。) (Wikipedia)

ソロン(帰国1年後に死亡)は、内容をギリシャ語に翻訳して話を友人の執政官に、それがその親族世代を経て結局、プラトンも耳にし書いたことになるような本で、邪馬台国話とは異なり原文は長文のかなり詳細な当時の状況を記述した内容です。

その後への影響も大きいアリストテレスによるプラトンの創作という発言とされるものは、何処をとらえてのものか不明ですが、作中のあの哲人ソクラテスは③派です。

ラファエロ画, 1509年 プラトンとアリストテレス。(Wikipedia)

エジプト神官は、活字で書かれたものをベースにソロンに話した、話の内容をエジプトの
ヒエログリフで見た(ギリシャ哲人Crantor)などは、現在、確認されていません。
また、作中のCritius(実在)は、自分が曽祖父から聞いた話をその時に同席していた友人
にも内容を確認した、不思議だがこれは真実だ、とプラトンは述べさせ書いていますが、
①派はプラトンの「高貴な創作技法」としています。
プラトンの人となり、有していた当時の問題意識や関心、エジプト訪問歴などからの見方は、
決め手として採用するのは難しいです。

アトランティスは、大陸と呼べるほどの大きさを持ったで、この記述は、一部に大半島であったのではという説(パンカル半島?)のもとになっています。そこは、沢山の象もいる動植物、鉱物、豊かな環境に恵まれて繁栄した王国です。

この気候、豊かな動植物、鉱物などの環境に関する記述が、ここの小学生たちに世界のどこの国のことかと聞けば「此処!!」と答えるぴったりで詳細なものです。世界の学者もアトランティスが存在するなら、赤道付近ということで一致しています。

問題は、赤道付近の此処が、あたかもアトランティスのようにその過半が沈んだ大半島地であるということが世界でよく理解されていないことでしょう。

アトラスの王国は、灌漑等の水路を有する370km×555kmの広さで、その矩形に接する形で外海に面した王宮地区があります。一般には、アトランティスと言えばこの王宮地区とそのシンボル図をイメージして語られます。

そして、このシンボルの形状が至る所で様々に現れてくることもアトラティスの存在を支持する人たちの大きな理由になっています。例えば、英国のストーンヘンジの形状が同様だという人がいます。

他方、既に歴史を知っている私たちからすると、11,600年前という狩猟採集の石器時代というイメージと金像、灌漑水路等を有するこの王宮地区の既述はマッチしません。①論者が此処の記述をもって即座に否定するのも分かります。

尤も近年、発掘が進むトルコ南西部のこの時代のギョベクリ・テペ遺跡は、広い地域に驚きの巨石構造物を有し、石器時代イメージを一新しています。従って、沈んだ海底に何があるか分からないというロマンにもなっています。

次に書きます軍事力の記述などと共に、アトランティスの状況は青銅器時代をイメージして書かれていると解されています。

考えてみますと、プラトンは人類史も石器時代も何も知りませんので、神が世を創ってからほぼ同様の時代が続いていたと考えて不思議はなく、読んだり聞いたりした当時の人たちもあまり違和感なかったであろうことが、私たちとの大きな差でしょう。

アトランティスは、三段櫂船を有する強大な軍事力を背景に世界の覇権を握ろうと地中海の植民地(エジプト、リビアの一部、イタリア西方など)を足掛かりにギリシャ連合軍と戦ったが敗れた。

三段櫂船(wikipediaから)

この強大なAとBが闘うというのは、ギリシャ神話の神々の戦いモチーフとしても普遍性があり、また、「国家」のあるべき姿、ギリシャの立て直しに関心を集中していたプラトンの創作という見方がありますが、一理あると思います。

アトランティス話はプラトン晩年に書かれ、かつ、未完であり、最後に傾注して書き上げられたのは「法律」でした。戦いの細部の状況は最早重要なものではなかったのかもしれません。

なお、欧米では、自由の盟主アメリカ中心の西側と共産ソ連率いる東側の冷戦は、古代からなじみある分かりやすい話ということもよく理解できます。

そして、勝ったギリシャ兵士は地震と洪水により一昼夜で地中に没し、アトランティス本国もその邪悪と堕落がゼウスの怒りに触れて同様に海中に沈められた(11,600年前頃)とされている。

この勝った正義の解放者ギリシャも堕落してしまった邪悪なアトランティスも共に没した結果が意外であることと、大事件の時期が更新から完新世への激動の転換期という人類史の重要な時代であり、エジプト神官・プラトンが全く想像もし得えない創り得ないことから、広域にわたる地球的なカタストロフィの可能性を含め注目されています。

以上、アトランティスに係る状況は、その環境は正にパンカル半島が該当すると考えられる部分と、青銅器時代やギリシャ神話をイメージしたのではないかとも言われる島内施設や戦いの態勢などの記述、そして結末のカタストロフィの可能性という現代的課題となるでしょう。

当初①~⑤まで単純に分けましたが、部分複合というのが私の考えであり、島内施設等はロマンを込めて将来の発掘に期待したいと思います。

なお、一部学者は、人類の文明はかって高度に発達したが天災で消滅し、ご破算の状況から再び発展させたというプラトンも作中で同様のことを述べている先行高度文明論とでも呼ぶべき論もあります。宇宙人UFO論は、思考に入れていません。

さて、パンカル半島が最有力候補として挙がるのは理解したが、それだと変じゃないか、という声について次回考えたいと思います。

以上

 

 

 

 

 

 

Nara Akira      http://www.sunda-wind.net

Facebook Nara Akiraで、当地の関心ある人には伝わっていますので見易く日本語だけとします。

(wikipediaから作成)

アトランティスは、古代ギリシア哲学者プラトンが著書対話篇の『ティマイオス[1]及び『クリティアス[2]の中でエジプトの神官が語った話としてかなり詳細に記述した、大陸と呼べるほどの大きさを持ったと、沢山の象もいる豊かな環境に恵まれて繁栄した王国のことである。強大な海軍力を背景に世界の覇権を握ろうと地中海の植民地を足掛かりにギリシャ連合軍と戦ったが敗れた。

そして、勝ったギリシャ兵士は地震と洪水により一昼夜で地中に没し、アトランティス本国もその邪悪と堕落がゼウスの怒りに触れて同様に海中に沈められた(11,600年前頃)とされている。

さて、

アトランティック オーシャン大西洋の大陸地が現代地質学により明確に否定され、急速に関心が薄れてオカルト話題化していく中、これまで此処があのアランティスと主張している場所は下図のとおりです。

(Dhani Irwanto資料から。)

しかし、それぞれが一部の理屈を展開しているものの、①前述のアトランティスの状況と②世界の学者が一致して、存在するなら赤道付近という見方により、一瞬にして否定されるものが殆どです。(それでもアトランティス土産を売っている観光地もありますが。)

因みに、どうして南極が?と思われるかもしれませんが、地球史においては地軸逆転により米フロリダが北極であった時代もあり、また、中世の人が知りえない南極氷下の地形が描かれた時代の地図が見つかったという主張などによるものです。

世界の学者に評価が高いアリストテレスが、プラトン話は創作だと言ったと伝わっていることも影響していますが、アリストテレスが他の人の批評をしたことが誤解されたのだという説もあります。

プラトンが、9,000年前の話というのは900年前の間違いなのだなどという諸説は、日本の邪馬台国論争を思わせる賑やかさです。

以上のようなことから、まともな学者さんはアトランティス問題を「A」の字(あたかもあのホーソーンの「緋文字」)と呼んで近づきませんし、素晴らしいシンガポールの紀伊国屋(殆どが英書)もAtlantisは、歴史コーナーではなくスピリチュアル、オカルトのコーナーにひっそりです。

私が、アトランティスに再び光をと考える一番の理由は、世界の学者さんが教科書に載っていないパンカル半島とその歴史を十分に他と関連づけて理解していないと考えるからです。

そして、プラトンの話の原点は、アテナイの政治家ソロンが知の殿堂エジプトサイス神官から伝え聞いた話ですが、エジプトの先史は、最近のスフィンクス見直し説など未だ十分解明されていない奥深さがあり重要と考えるからでもあります。

中でも注目されるのは、女性ファラオHatshepsutなどが宝物を得た地”Punt”は、ヒエログリフにはっきり記され歴史と確定しており、東方、南方と見られて学者はエチオピア地域、ソマリアなどを探していますが、全く納得し得るものを見つけられていません。

場所?マークの史的重要地域です。

(ソロン、プラトンとアリストテレスの違いは、この重要なエジプト体験の違いと私は考えています。)

大陸と呼べるほどの大きさを持った、パンカル半島は候補No.1、他に匹敵するものはないと考えています。なお、下図のアジアは小アジアの理解で、アトランティスの大きさはインドのほぼ2倍というのが研究者認識です。

プラトンが作中のCritiusに語らせている「不思議だが、真実だ。」は、どう理解すべきでしょう。

真実だは、少なくともエジプト神官が語り、ソロンからクリティアス、プラトンまで知るところとなった語り伝えは真実だというのが私の理解です。(創作論者は、それがプラトンの「高貴な技法」と解していますが。)

不思議だがは、ソロンがエジプト神官から聞いた話が、その当時の9,000年前(11,600年前)という大昔のことだからか、喧嘩両成敗ではないのに優れて正しく勝利したギリシャ兵士が地中に沈んでるからか、何でしょう。

エジプト、マヤ、アッカドその他、古代のカレンダー観は、9,000年前を十分に視野に収めていることは世界的に理解されています。

そして、実は当地などの一部の(まともな)学者さんが再びアトランティスに注目している重要な点が、このギリシャも沈んでいることです(正しい勝者が何故?そんな創作はあるのか?)。しかもプラトン話の11,600年前頃は、更新世から完新世へという現代科学の地球の大変動期にぴったり附合しているからです。

すなわち、隕石の地球衝突で6,000万年前頃、恐竜が絶滅したことは現代科学の理解ですが、プラトン話の時代にギリシャもアトランティスも沈むような地球規模のカタストロフィーがあったのではないか?

エジプト神官やプラトンが全く知りえない現代科学の定める世転期に、しかも遥かな昔に話が附合しているのはなぜか?偶然ではありえない。

東北大震災以降、注目されだした地球規模のカタストロフィー研究という現代科学の最先端にアトランティスが浮上してきているのです!!

以上、現代アトランティス研究の要点と考えます。

次回は、プラトンの記述の全てを対象としたアトランティスに否定的な論などについて、どう考えるべきか吸収すべきものは無いかみていきます。

 

 

 

 

 

 

Nara Akira http://www.sunda-wind.net

Many modern scholars think that “Atlantis” written by Plato is his fiction.  So, they don’t touch this theme, by naming it “A” letter.

But, there’s no logical explanation of it. It merely because of deep disappointment after they searched it hustle and bustle in Atlantic ocean, though Atlantic ocean includes Indian, Pacific, too, in ancient times. And finally, modern science geology totally denied lost continent in (western) Atlantic ocean.

Well experienced sailor, Christopher Columbus collected lots of information at his time and dared to sailed for visiting not only Japan, but also Atlantis based on his experienced sailing techniques. He knew sea wind well and confident, so it wasn’t adventure for him, but practical treasure hunting.

I see that in his voyage routes and it seems he himself in his mind gave up after 4 times trials.

Yes, Christopher Columbus did many bad things to local people, but he should be understood as a first Captain in history tried to find Antillia practically. ③voyage shows it though he couldn’t make it. Modern scholars agree that Plato’s Atlantis must be in tropical zone if it existed. No way, Columbus didn’t know Pangkal Peninsula, even America.

Modern scholars shouldn’t laugh at him as they talk on recent noisy situation near the Peninsula though they also don’t know much about it.

Nara Akira      http://www.sunda-wind.net

Facebook Nara Akiraで、当地の関心ある人には伝わっていますので見易く日本語だけとします。

当ホームページでは、現生人類が出アフリカを果たし、アメリカへの展開後の間もないころと考えられる南米アマゾン3部族といわば出発地である下図点線地域のこれも3種族がどこよりもDNAが近いということから、パンカルPangkal(元々のの意)人・地域と名づけ認識しました。

その中で、地積、植生、河川の多さがもたらす人口などから、中心はSundalandと呼ばれてきた地域になりますが、地形の特質はアジア大陸から突き出た大きな半島であり、前述のパンカルの名を生かしてパンカル半島と名づけ認識しました。

この大半島は、最終氷期が終わって極や山岳高地の氷が融けて海水面が上昇するに伴い海浜陸地が沈んで行き、更新世末期(11,500年前頃)には急激な海面上昇等があったことから、上図のように半島の中央部ではかなり陸地が失われています。

そして、7,000年前頃には過半が海に沈んで現在の群島状況に至りましたが、現代科学が解明したところでは、現生人類史上これ程の大陸地が海の下に沈んだ例は他に全く有りません。

このことが、11,600年前頃、海に沈んだというプラトン対話篇の”Atlantis”を新たに呼び覚ましました。それは、プラトンがAtlantisはリビアと(小)アジアくらいと記述し、パンカル半島がインドの2倍と言われ附合するからでもあります。

Atlantisは、プラトンの著述後から人々の関心を集め、あのコロンブスなども期待を持って船出し探していますが、万巻の書を重ねた近現代の盛り上がりも、Atlantic Ocean大西洋にそのような沈んだ大陸地は無いという現代科学のご託宣で急速にしぼんでいます。

今では、Atlantis話は、「A」の字と囁かれまともな学者は採り上げない対象になっています。もともとプラトンの弟子のアリストテレスが、あれは創作だと言ったという話が根強く伝わっていた事情もあります。

しかし、恐竜絶滅の事情から最近の驚きのギョベクリ・テペ遺跡の発見(10,000年BC前後の狩猟採集民による大規模多数の巨石物と彫像など)などにより、プラトンの”Atlantis”は、少なくともまともな研究対象であると考えます。(細部は次回、説明)

プラトン当時の人々の世界認識を時代ははるかに下ったコロンブスの出発時の認識を参考にして、世界の海をAtlantic Oceanに、アメリカを認識せず対話篇”Atlantis”をまとめますと下図のようになり、距離を別にすれば理解しうるものです(コロンブスは、日本も認識しています)。

つまり、11,600年前頃のAtlantisを話題にしたプラトンのイメージは、Atlantisの奥がぼ~とした、せいぜいがこのようなものでしたでしょう。

プラトン(エジプト神官の話)は、海軍力に優れたAtlantis勢力がギリシャ連合軍との戦いの前に既に着々と大陸(スペインなど)の一部、ヘラクレスの柱を入ってリビアの一部、エジプトまで、イタリア西のティレニア海域まで支配下におさめていると進出状況を記述しています。

さて、このプラトンの話の世界観と、現代科学が明らにしてきた当時の沈み始めた大陸を並べてみますと次のようになります。世界の学者は、プラトンの”Atlantis”が存在したとすればその描写から赤道付近の地域ということでその点は一致しています。

地中海の外、赤道付近、リビアと(小)アジアを足したくらい、沈んで今はない(過半)大陸地、動植物・鉱物その他の物も豊か、・・・パンカル半島はぴったりです。

そして、過半が沈んで行ったパンカル半島については、(英)Stephen Oppenheimerが詳細に論じ東のエデンと呼ぶ楽園、父祖の地、神の地という古くからの西の人々の抱いてきたイメージの対象地です。

プラトンの記述するAtlantisとエデンのパンカル半島は重なり合うものがあります。

今でも大西洋周辺でアトランティス発見かという話が時に出ますし、世界には、ここが沈んだあのアトランティスとお土産物も作って観光客を招いている所がありますが、現代科学からはパンカル半島以外にプラトンAtlantic Ocean のAtlantis候補地はない状況です。

他方、候補地たり得ない多くの所を論じて否定し結果としてプラトンの記述を全くの創作とする、未練を持って大西洋を探るし発見を騒ぐ、逆におとぎ話として楽しくファンタジーにする、「A」の字と烙印を押してまともな研究はしない、そもそも聞く耳をもたない、などの”Atlantis”を巡る諸状況があります。

私は残念に思っており、このテーマの中に参考とすべき歴史足り得るものを探したいと考えています。

それでは、パンカル半島がAtlantisとしますとエジプト神官、プラトンや言われればコロンブスも納得しますが、現代の学者は納得しない(したくない)かもしれない問題があります。この点の議論も次回以降とします。

 

 

 

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