―伊豆祖人(生業航海)系であり、千島列島地域で200マイルの航海行動・6千年前の遺跡があるコロボックル・北千島民(遺跡はすべて祖先のもの)に光

①驚きの南米オーストララシア性DNA、北米足跡、北海道物に酷似の米国旧石器など「沿岸ルート」南下は誰?
Harvard医科大が、アマゾン古部族・南米DNAシグナルPopulation-Yとアンダマン諸島のOngeや豪・パプアニューギニアのアボリジニの驚きの大遠隔DNAの類縁を発表し、万年前の太平洋の家族横断は論外なので東南アジア地域からベリンジアを経て南下したことが想定されます。縄文人(先代の祖人も)は、アンダマン諸島のOnge人と類縁です。更に、米国ニューメキシコのWhite Sandsで足跡が発見され異なる3手法で年代中央値2.2万年前となり無氷回廊は閉鎖中の時代であることから沿岸ルートが導かれ、最新の石器研究で米国旧石器と北海道物が酷似であることで北海道祖人が注目です。
②沿岸ルートということになって、3.8万年前、世界最古の伊豆における黒耀石を求めた神津・恩馳島への生業航海、日本列島の東西から北上して合一した当時の子孫の「陸奥平野祖人」が北上を継続した道東祖人への基盤となり、また、6千年前の遺跡を有する千島列島で200マイルの航海行動をしていた坪井学術名で鳥居龍蔵が説話の実態そのものと学術発表(大正初期)したコロボックル・北千島民は、今や注目のKelp海藻Highway上にあり氷塊漂う厳しい北の海の南下行動の可能性がある海民性から光が当たっています。
③沿岸ルート時代で北ルートのシベリア狩猟民は脱落、すがる田園洞人が沿海民は誤解。
これまでマンモスを追って進入した定説の最初のアメリカ人であったシベリア民は、DNAが北米と合うものの南米とは合わず、何より初めてベリンジアに出て来て大槍を捨て、厳しい北の海でフネと海産物食の「海民化」するのはムリでしょう。近年、ANAの一部の北京・近郊の田園洞人が渤海湾そばと考え沿岸ルート南下の対象として名を挙げていますが、当時の渤海湾、黄海は「北東亜平野」でしたので沿海民は誤解なのです。
「最初の」アメリカ人候補として青森・北海道祖人の北上継続(PAHK)が残ります。 #祖人 #コロボックル