1.前 言
世界では、日本人とは「日本人は、どこから?」と問う人たちと言われています。これまでは「どこから?」だけでした。博物館などの「北・西・南の3方向から日本列島への吹き溜まりの渡来図」が示すように、祖代研が提唱するまで「どこへ?」が真剣に語られた事はありませんでした。その大きな理由は、DNAや歯形が北米の先住民とは合わないというモノだったのです。しかし、近年の南米の海藻遺跡や北米足跡の発見に加え、DNA分析でのアボリジニ等と南米アマゾン先住民の衝撃の類縁発見などで状況は変わりました。アメリカ新大陸へはマンモスを追って入って来たと言う定説は崩れ、西沿岸ルート説が高まり、日本列島ルートを語る米学者も登場してきました。祖代研は当時の古環境、遺跡、DNA分析等から、出中東以後の現生人類拡散のアンダマン海、スンダランド、東亜地中海沿岸の重要性を「どこから?」で認識します。北米先住民DNA及び歯形と合わないだけで拡散史の否定要因も無く無視されて来た祖人の北海道からの北上継続を「どこへ?」として提起し、10年前には全くの仮説であった環太平洋移住説の研究実証化に努めてきました。北海道祖人は渡米参加標準を突破しており、2025年の日米チームの米国旧石器と北海道物の類似・伝播実証説で、説は大きく前進しています。
2.原郷・スンダランド地域
日本人は何処から? この問題は、現生人類の全世界への拡散の一コマです。図右上30万年前頃のアフリカに誕生した現生人類が10-8万年前頃に中東に進出し、東進したグループの南ルートと北上して内陸に向かいやがて北東進した北ルートと欧州に向かい北西進した西ルートがあります。図左下15万年前から南アフリカ海岸で海産物を食し赤色材を使用し暮し始めた痕跡は興味深いです。1万件超えの日本史の始まり祖代Sodaiの遺跡やDNAの分析、氷河期の古環境の認識に加えて近年ではアメリカ「沿岸ルート」説(学界をリードする欧米学者は軽視しがち)が高まっており、日本史の始まりである対馬海峡を越えた北部九州への渡海に光を当てます。「フネと海産物食」の沿岸民に注目であり、南ルートで東部チベット~スンダランドと北西の地域の「原郷」からの拡散となったものです。この人類史の拡散の流れの中で、東京大の太田教授はアンダマン海周辺の先住民と縄文人のDNAの類縁性を発見し、南方を起源とする北上のNHK番組が制作されました。4万年前の沿岸民の北部九州への渡海進出後の祖人Sojinの沖縄への南下、北海道以北への北上継続という人類拡散史なのです。なお、巷間の樺太、朝鮮半島(当時は山地)、台湾から与那国島・沖縄本島という3方向からの渡来図は時代がバラバラで新しく外に出ない全く誤解を招くものであり、北海道からの渡米という日本列島ルート説を抑制してきている阻害問題があります。そして近年の大注目は、原郷からさらに東進し90km以上の最古の渡海を経て豪州・パプアに進出した人類のDNAと南米アマゾン等の先住民のモノが驚きの類縁というHarvard医科大の発見、ブラジル研究機関の追認があり、万年前の多数家族の太平洋横断は有り得ず、台湾東部(北上)と中米コスタリカ(南下)に通過の痕跡(Harvard医科大)がみられるのです。祖代研は、インドネシア考古学及び地域の史的研究とこれらの祖代の状況から初期の構想を高めて沿岸ルートとしての「環太平洋移住(MPOR)説」として更なる実証化の研究状況に関するブログ発信を続けています。
3.日本への東亜地中海の北上
日本の学界では、約4万年前の北部九州への渡海が始まりと認識されています。フネと海産物の沿岸民に目を向ければ、東部アジア地域最古のスマトラ島のLida・Ajer遺跡、ラオス古人骨・ベトナム古文化、
スラウェシ(セレベス)5.2万年前の洞窟絵、カリマンタン(ボルネオ)及びフィリピン西部の3万年以前の数ケ所の遺跡などから現在とは異なる4万年前頃の東・南シナ海沿岸地域が注目され、祖代研は曙海、パンカル(地域語で始まり根元の意)海と命名して重要性を認識してきましたが、同海域西岸地域に遺跡発見が無い(基本的に海面下と後代による消滅・未発見)ことから今も学界はこの重要な海の回廊を無視し、内陸北上史観です。しかし、MPOR説とアメリカにおける沿岸ルート説の高まり及び北海道石器と米国者の類似・伝播説の発表で時は至ったと認識し、フェルナン・ブローデルの名著「地中海」史観との比較類似性から曙海・パンカル海を人類拡散史の重要な舞台として「東亜地中海」と命名認識し、東岸に充実した痕跡があるので同等以上の内容の存在を西岸に推定し、スンダランドから北上した西岸ルートから北部九州、沖縄へ南下という史観を提唱しています(現状では海面下と陸上消滅・埋没など実証化が難しいですが)。
4.北部九州渡海からビッグバン
重要な、正に日本史の始まりは、島国であるがゆえに4万年前の始まりの5W1Hが推定できる驚くべきことことなのです。図左上の復元地形と海面低下考慮から、黄矢印のような南方から北上して来た沿岸民の曙海の句がんの時計回りの移住(朝鮮半島・山地から渡来したは誤解)となり、図下:始原の熊本石器は祖人に迫っているのです。図右:沖縄(3.6万年前人骨、世界最古の釣り針)へ向かった種子(島、陸続き)には世界最古の陥し穴猟跡が発見されていますが、その知力、鉄器の無い時代の1m穴を多数作成する作業の社会性は言語を必須とし、「原始人ではなかった」事を示しており、祖人のスローな「ビッグバン」が始まりで北海道以北に拡散していました。
5.本州への拡散と北上
静岡・浜北遺跡は、始まり祖人と次代の縄文人の重要な歴史の繋がりを示しており、広島廿日市に最古の遺跡(4.2万年前)の発見報告がなされています。図左下:黒耀石を求めた恩馳島(当時は神津島に接続)への世界最古3.8万年前の伊豆の生業航海・物々交換は、「沿岸ルート」時代の世界の花形痕跡です。最初に欧州で発表した時には、祖代研が示した最長で20km程度の渡海、黒潮分岐流は無く波静かという説明でなかったために欧州学者に嗤われ相手にされなかったそうです。広大な関東平野は、多くの人々の遊動狩猟暮らしの現代的なインディアン・キャンプ痕跡(3.5万前~)や、「祖代の新宿」と言われる最古級の東京小平・鈴木遺跡に賑わいを示しており、長野高地の最古級遺跡も発見されて祖人の拡がりが推定されます。仙台と大雪は無かった日本海側は、古環境分析から海獣(オットセイなど)がいた(実は神津島にも)北海道暮らしの予行であったと考えられ、東西が合一した青森・陸奥平野での暮らしこそ北の縄文世界遺産の基礎であったと考えられるのです。予行を終えていた祖人は、狭かった津軽海峡を難なく越えて千歳や何でもあった襟裳岬を回った帯広に道内最古級遺跡を残しています。
6.北海道と千島北上
北海道で特筆すべき第1は、遠軽白滝奥で露出していた膨大な宝物の国宝・黒耀石が発見された事であり、沿海州や本州にまで交換で拡がっています。第2は既に九州から続いていた豊かな海産物のKelp海藻Highwayが沿岸に存在していたことです。何故、南方系人である祖人が極寒の北の地に向かったのか?それは食豊かなこの処女地の魅力(太陽に近づくことも?)と考えられます。北海道史では、かつてはマンモスを追い樺太から南下説が主流でありましたが全く痕跡発見が無く下火になり、次に石器文化の南下が強調されていますが、むしろ始まりの白滝黒耀石の北上であり、北の樺太・サハリンSからは早くても2.5万年、2万年前頃以降の細石刃文化の伝搬は、DNA分析から人の南下は大量ではなく、何よりも時期的に「最初の」アメリカ人参加に間に合わない、資格が無い事象なのです。また、昨年発表の石器研究でもアメリカの始まり時代には細石刃は全く発見されていない新しい(1.5万年前以降)文化なのです。暮らしに必要が無かったからと解釈する意見もありますが、祖代研は人の系統が違うのではと考えており引き続き事情は研究が必要です。3方向渡来図での南下・進入やこの細石刃文化の過度の強調は、少なくとも「最初の」アメリカ人である青森発の道東祖人の意義(PAHK)を世界に誤解させるものであり、学界ははっきり是正すべきです。
7.北海道東ゲートウェイ説
AIが渡米のLaunchpad発射台と命名表現した海藻ハイウェイ上の「道東ゲートウェイ」地域は北方領土を含む広大な地形でしたし、千島は一つ渡ると次々に島が見えた事は大きい要因でしょう。人類は見えていて行かないことはアリエナイです。北海道祖人は、対馬・南西トカラ越え、何より伊豆の生業の航海民の子孫であり、冬には流氷を歩いて行けたのです。渡米の参加標準を突破していたのに、世界の注目が遅れたのは3方向渡来図の樺太からの南下図が外に出る北上を阻害してきたこともあるでしょう。6千年前の縄文人は北千島まで行っていたのであり、北海道現地調査をした東京帝大の坪井正五郎、明治32年に鳥居龍蔵が坪井教授の指示で北千島を現地調査し、最初は誤解で否定されていた全国のコロボックル石器人(坪井)・縄文人の存在は北千島に及んでいるという見方は大正時代初期には鳥居がはっきり学術報告(学会講演、学術誌記述)していました。しかし、無視され放置されて来ているのであり、今や公に妖精・悪戯っ子として扱われ、妖怪にさえされてパレードしているのは世界学界に対する罪です。日本の大学・博物館はもとより欧州等で世界的に埃を被って眠っている貴重な千島・カムチャッカ関連史料を一挙に公開し、ルートの実証研究に向けた国際共同研究が行われねばなりません。北海道大の高瀬教授による研究では、15世紀と全く時代は新しいですが、北千島民(留頓るとん-祖代研仮称)が実はカムチャッカ南々部が主であった痕跡を発見していて、カムチャダールに追われて南に戻り北千島民になっているのです。推定すれば、更にずっと北に進出していたが追われたと考えられ、注目の米臨海(仮称、北極海の冷水流入は無かった)のベリンジア南岸(BSC)も視野なのです。
8.最初のアメリカ人は3波の重層・複数
2025年は、Science Advancesに日米の大学研究者チームが米国広域の最古級の旧石器が北海道・白滝物に類似しているという広範な分析に基づく「北海道発」説が発表され、大きな前進となっています。祖代研は、アメリカ始まり史の最前線で、北米はもとよりシベリアや南米を含む遺跡の考古学の実証史料や近年のDNA分析等を総合的に考察し、沿岸ルートでの始まりからその後の北米内陸の無氷回廊IFC開通後に及ぶ時代・ルートの進入・拡散における3波説を発信し明らか(沿岸から拡散の➀➁、強い、主に内陸系による③後続波)にしています。DNA議論におけるベリンジアでの数千年の滞留Standstill問題は、➀➁には関係なく③にはあり得るでしょう。DNA研究者が想定するベリンジア又はそれ以前のアジアにおける最初のアメリカ人に関するDNAの混合変化も、青森・道東地域は候補でしょう。欧米学界の北米先住民Nativesを意識する依然としたシベリアからという内陸人イメージ主流説に対し、祖代研は、人類拡散史の「最初の」(南米に痕跡)アメリカ人解明を追求しており、欧米学界主流に対し、A:南方域系DNAを含む南米先住Population-Yとシベリア民のDNAは全く異なる、B:シベリア内陸民はお手本なしに北の氷海でフネを操り海産物食とする海藻ハイウェイ2500km移住などできたのか、と根本的な疑問を発信しています。引き続きの研究課題なのであって、Who?は未だ決着しておらず、むしろ北海道祖人が有力なのだと発信を続けているのが最前線の実情です。
9.結 言
歴史の研究は温故知新であり、何事も始まりを見つめ認識しなければ現代から未来への考察は砂上の楼閣でしょう。特に我が国が直面する21世紀のインド太平洋時代における人類拡散・東亜地中海史は、その基礎となるものであり、対立の厳しい現状から国連(UN)が主導して国際共同研究がなされるべきであると提唱します。
ー祖代研究会(RSoJS) #祖人

類縁の印アンダマン諸島・マレー半島沿岸の繋り同系である祖人Sojin(縄文人の先代)は、「最初の」アメリカ進入沿岸民の有力候補!

図左:最新研究で縄文人が世界に驚きを与えました(Current Biology 2025年10月号)が、実は列島始まり先代の祖人Sjin、南方のアンダマン海のOngeやマレー先住民もほぼ「ゼロ」の少なさであり、交雑・内陸系の北京・田園洞人(DNA持って移住したパプア、ネグリトなど)と全く異なる東部アジアの2区分が特色なのです。
図右:既報告の「最初の」(第ゼロ波)アメリカ人は沿岸進入ですが、北の氷海における避難地間の推定距離は最大100kmの困難なフネ行動を必要とする海産物食の暮らしの民でWho?について、アンダマン海~東亞地中海~海藻Highway・大雪無しの日本列島~千島北上継続~アメリカ西海岸の「沿岸民系」の南下は、納得のルートです。

今、国立民族学博物館(大阪)の「舟と人類」の展示は、あと数日です。

教室に東部アジア人類史を、祖人を―祖代研究会(RSoJS) #祖人

図右下➀:現生人類の拡散史「最初のアメリカ人」は、約2.2万年前の北米足跡の発見、内陸の「無氷回廊」は通過難、東部アジア南方先住民と南米第1波民のDNAが遠隔類縁などで、沿岸拡散説が更に高まってきています。

そこで➁:日本史始まりの渡海ビッグバン、世界最古の伊豆の生業航海、青森・陸奥平野から海「狭」越えの北海道祖人は渡米参加標準を突破などが注目され、道東“発射台”や海の唱歌に光が当たります。
選挙の参議院には、歴史に理解あり専門の見識ある人を選びましょう。

周回遅れの教室に新風を―祖代研究会(RSoJS) 
#祖人

図右 新春からトランプ砲ディール弾は、中露対抗を基本に新時代の宇宙・北極航路対応やパナマ運河管理権の実利などを目指し乱射されています。今後も他国との諸問題を対象に、ディールを同様にリンクさせて射ちまくり、日本にも直接影響が及ぶのは必至です。

図左 人類史・最初のアメリカ人問題で注目の北海道祖人―千島、コロボックル・留頓(るとん)は、前述の国際政治に巻き込まれて北の時代における重要な地域研究の資として総合展示が益々期待され、日本にとって温故知新の発信をすべきです。

新時代に政府・教室は周回遅れ―日本祖代研究会(RGaPJ)

世界の学界が、〇万年前という大昔の祖先の暮らしを探って時に騒ぐ一つの訳は、猿たちと何が、いつ、どれだけ違っていたのかという事があります。

人骨・石器と言わず、洞窟で絵が見つかれば、釣り針が、いや糞が見つかっても驚きの騒ぎです。

今、トルコで見つかった「ギョベクリ・テペ」遺跡が、石器時代人に対する世界の認識を一変させるほどのものとなっています。

さて、大きな無人島に初めて外洋を越えて多くの家族が舟でやって来た我らの祖先については、世界が注目する事象ですが、それがどうしたの?という方もいるでしょう。

しかし今、AI(人工知能)が登場してきて将棋などの名人を負かし、ニュースを読み、姿かたちを替えて工場でオフィスで様々な所で活躍し始めています。

そして、近いうちに家庭に入り込んできます。

こんな時代ですから、実は猿と人の違いを見つめる事は、重要な意味を持ってきています。

何故なら、歴史的に見てAIとは何者か、AI開発はどうあるべきか、そもそも全ての人・子孫が幸せに生きていくにはAIとの関係において、私たちはどうあるべきかを明らかにすることが課題ですから。

大変だあ~と巷では言ってますが、祖先も大変な変化の時代を何度も乗り越えてました。

(了)

日本人の英語能力は、世界の49位、5段階評価の下から2番目の「2」だそうです(通信簿で見た事ない)。

日本人が悪く言われた始まりの文書は、「魏志」倭人伝でしょう、下図の左右上のとおりです。

つまり、ユーラシア内陸発の人たちから見ると、はっきりヘンな奴でした。

しかし注目したいのは、第2図の赤丸のとおり、ヘンなのは和だけじゃなかったんです。

4万年前頃の日本祖代・祖人の曙海のほとりの暮らしの頃ではない、「魏志」の時代でさえ、ユーラシア東端に残る人々、台湾や海南島の人々も同類でした。

第2図のとおり大雑把に言って、内陸と沿岸・島々という、2種類の人たちが居ました。

実は、日本語は仲間の見つかり難い変わった言語ですが、島国のために古い痕跡が残ったと言うべきなんです。(仲間は、「環太平洋言語圏」)

そして第3図のように、150年前頃に撮影された人のような入れ墨は、私も子供の頃にこの目で見たことがあり、食べ物に至っては今も大好きなモノなんです。(誰だ、トロの味を教えちまったのは!)

アジアの海辺の仲間も万年のうちにすっかり内陸の人たちの影響が及び英語もうまいのかも知れません。

ま、オリンピックも近いし、勉強しましょう。

(英語?海草?それがどうした、古い民族の痕跡なんだよ!)

(了)

初代・日本祖人(4万年前~)が、伊豆諸島の神津・恩馳島に黒耀石を採取するために、黒潮分岐流を越えて37,000年前頃に舟で行き来していたことは、世界の学界の驚きです。

しかし、あまり知られていませんが、2代目の縄文人が、7千年前頃から黒潮本流を越えて八丈島に渡り、家族で住んで生活し遺物も残しています。

オリンピックに古い離島行動種目があれば、金メダルの快挙なのです!

操舟行動・自活力を発揮して、絶海の島に、そんなに古い時代に、家族の住居はもとより土器や装飾品など驚きの文化を遺しています。

人体が男・女・女と実証的に発見され、猪を積んで行ったことも驚きの学問的成果です。近世になってすら、鳥も通わぬ島抜け絶望的と言われた所にです。

世界のライバルでは、モアイ像のイースター島(新し過ぎ)、宮殿のクレタ島(小島伝いに行ける)、旧石器があるアフリカ西部・カナリア諸島(途中も周囲も多くの島々)などが思い浮かびますが、負けないでしょう。むしろ、国内にいるかも知れません。

伊豆大島、神津島など快挙の裾野もしっかりで、一発屋ではありません。

では、何故そこ迄に?

黒耀石や貝などの宝物を求めてと考えがちですが、もしかしたら、遠い海の彼方と思われていた「神の御許に」という事だったかも知れません!

日本祖人・縄文人と言えば、髪ボーボーひげもじゃで毛皮のパンツに槍・弓矢を持ってのイメージは、修正をお願いします。飾っていた女性たちとも合いませんし。

(了)

都会のマンション暮らしとスマホいじりですっかりひ弱になってしまった現代人。アウトドアの生活を知らない子供たち。

最近、「我は海の子」が教室で歌われていないらしいと聞いて、驚き「浜っ子」としても大変がっかりしています。

歌詞の言葉が古いのは、先生が意味を教えることで逆に教育効果があると思いますが。

何よりも重要な、世界の歴史理解と我が国の伝統の継承に繋がることですので。

まあ、海、山に(モンスターペアレントの)子供たちを引率される先生方のご苦労は察するにあまりありますが。

考えてみますと、上図のような暮らしは、考古学的には何も残らないかも知れませんし、ン万年前に比し海水面が100mも上昇してしまっては海中です。

でも、「見つからないモノは無かった」史観はいけないことを子供たちに教える良い教材です。

魏志倭人伝のみならず、ちょっと前まで日本人は、生の魚と海の雑草を喰う変なヤツと言われていました。

(誰だ?トロの味を大陸人に教えちまったのは!)

島国日本の、いやアジア太平洋の歴史的な海の暮らしを先ず子供たちが理解し、2020東京五輪でもアピールして欲しいなと思います。

(了)

現生人類は、アフリカを出て東進し東南アジアSundalandへ、北上して台湾に5万年前以前に至り、九州に4万年前、北海道に3万年前そして更に北上を続けた歩みでした。

いずれにしても台湾を経由(長濱文化遺跡の古さ)しており、曙海を越えて来ています。

ここで注目すべきは、台湾5―九州4―北海道3と各区間1万年という大変長い時間を要しています。

考えてみれば、アフリカを出て赤道地域を行動してきた人たちですから、基本的には緯度を北上しての気温の低下や正に北海道の降雪寒冷に適応して暮らす事が大変だったことを示しているのでしょう(津軽海峡越えは短くたいしたことありません)。

もしかしたら曙海の数十kmの外洋を家族で舟(筏)に乗って越えられるようになるのにも足踏み長期間を要したのかもしれませんね。

上図の石垣人より色黒だったかもしれませんが、背は高くない似たような人たちだったろうと考えています。

そして最寒期である2万年前頃、日本列島の北と西から大陸の狩猟族が入って来て、やがて縄文時代と呼ばれることになって行きます。

日本文化の基層となった日本祖代2万数千年間は、海の民が列島中の海辺に、高原の川辺にまで上がり、遅れて入って来た異質な大陸の狩猟族と混じり合い、正に「日本祖人」として原型が形作られた時代です。

その後も混じり合い(近隣含む)は続いて変化しつつ、縄文人から現代に至ります。

(了)

祖先である現生人類の日本列島史は、曙海を越えて家族で渡って来た事から始まります。その状況の謎に迫る実験航海プロジェクトが動き出しています。初めて縄文時代を越えて私たちの祖先の歴史(日本祖代)が明らかにされていく試みを応援します。

(了)

 

ぜひ私たちの仲間になって、一緒に3万年前の大冒険に出ましょう!

主催:国立科学博物館  共催:国立台湾史前文化博物館
協力:与那国町 沖縄県立博物館・美術館 NPO法人国境地域研究センター 石垣市 竹富町 竹富町教育委員会
後援:沖縄県 沖縄県教育委員会 日本台湾交流協会

誰もが参加できるプロジェクト 新たな「クルー会員」を募集します!

私たちは実際に古代舟をつくり、実際に海へ出て、失敗もしながら、祖先たちが航海に成功した謎を探っています。どなたでもプロジェクトの経過を見ることができますが、「クルー会員」になって頂いた皆様には、最新情報を定期的に配信し、時に直接・間接の交流の場でご意見も頂き、プロジェクトにもっと深く関与して頂いています。そんなクルー会員をこの【完結編】で新たに募集しています。

航海プロジェクトのご支援(クラウドファンディング)については
こちらをご覧ください。

 

ネットで見つけたミトコンドリアDNAから見た現生人類の展開史に考古遺物からのものを加えました。

そのポイントは、やはり、8千年前頃に過半が沈んだ半島大陸地Sundaland は、沈んだがために現代の調査に反映されにくい人類史を読み解く補助線です。

そして、旧石器遺物で明らかな4-3万年前の日本列島の意義が、なかなか世界的には認識されていません。

(了)

環太平洋パートナーシップTPP協定が結ばれるそうです。

世界の私たちに直接繋がる祖先の現生人類が、アフリカ地域からSundalandに拡がり、日本列島からベリンジアを経てアメリカ新大陸に渡り、南米南端まで拡がったとする当サイトの万年前のMPOR(Migration along Pacific Ocean Rim) 説とよく符合しているお仲間たちの肩組みです。

日本史は、○○時代から知れば十分という人、無知傲慢です。

なお、このスタートが、あちこちの30万年前の人骨か?という発見で、現在、揺れています。

(了)

マレーシアにおける金 正男の暗殺が分かり易い直接の引き金と言えるでしょう。実行犯2人の女性の国籍も実行された場所も意味合いを持っているものです。

4発の脅威度を増した北のミサイル発射、米韓演習、尖閣諸島海域での中国勢力の行動の活発化、シナ海への米空母機動艦隊の進出と東シナ海での海自との共同訓練、そして、何よりも韓国の大統領弾劾決定と混乱及び今後の大統領選挙戦の波乱含み、アジア情勢は、目の離せない燃え始めている状況になってきています。

現在、アジアは普通に見て、中国による周辺小国の占領抑圧、国際法を無視した力の誇示による南シナ海等での荒っぽい露骨な行動と北朝鮮の危険な核・ミサイル開発と実験、体制の不安定さが大きな2大特徴です。

(西村幸祐Facebookから)

この状況に対し、米国は南及び東シナ海への空母艦隊派遣、THAAD韓国配備に踏み切ってます。そして、北朝鮮による白昼のクワラルンプル空港での暗殺を契機に益々、国際無法への対応機運が盛り上がってきています。

仮にヒラリー大統領であったなら、現下のアジア情勢はどうであったろうか、どう推移して行くだろうか、それは我が国にとってどうだろうか、と言う意見が見られない、そして「解放」という視点が無いのが我が論壇、メディアの欠陥です。

冷戦の残滓への対応だと言う人もいます。確かに、朝鮮戦争、ベトナム戦争は冷戦対応であり、代理戦の色彩もある戦争でした。

アジア史の視点で見れば、その要素よりもご主人植民地主義者たちが支配した桎梏を多くの国が脱した先の大東亜戦争に次ぐ、共産独裁勢力による国際法無視の力の使用、威嚇抑圧といった地域を広く覆う不正からの「解放の闘い」と言えるでしょう。

言わば共産独裁の軍事勢力に対する国際法に基づく自由民主体制勢力の闘いという性格と見られます。

この共産独裁の軍事勢力は、地域に根づいているだけにご主人植民地主義者たちよりも或る意味において厄介で手強いです。

日本の被拉致者・メディア支局・多くの企業などが、いわば人質に取られているような状況での政戦経済の総合的な闘いです。

こういう視点から私は、アジアでは戦後に冷戦の代理的な戦争はありましたが、米中の大国を中心とした国際法秩序、自由民主体制という価値を巡る抑圧と軍事脅威からの解放のための大東亜地域における第2次の戦争と捉えています。

今回は闘いの意義も異なり、日本は主役でなくプレーヤーも先の第1次大東亜戦争とは様変わりです。

そして、冷・熱戦は、やはり地域の歴史的な特色である朝鮮半島をまず焦点として複雑な様相で始まりそうな気配ですので、推移によっては一衣帯水の我が国に火の粉が飛んで来るという極めて大きな影響が及びます。

我が国の態勢整備、国際連携と協力、そして何よりもまず国民の意識改革が求められていると考えます。

(了)

建国記念の日に。

カテゴリー: 最新情報,こぼれ話

Facebook:Nara Akiraにも投稿

今次、安倍首相の訪米において、ドナルド・トランプ大統領は、「日本は豊かな歴史と文化を持つ誇り高い国である。アメリカ人は貴国とその伝統に深い敬意を抱いている」と語ったそうです。
報じないメディアは、何か理由があるのですか?建国記念の日に不思議に思います。あれほど選挙報道で失敗し反省したんですから、意味ある事実は目を向け伝えましょう。
長い長い間の熟成の歴史を有する我が国の記念すべき画期の誇らしい記憶遺産も子・孫に語り伝えていきましょう(歴しニア)。

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