日本文化、4万年前から熟成された厚み!

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約4万年前に「曙海」を渡って来て始まり、3万年前には列島中に拡がっていた「日本祖人」は、長い海岸線での海辺の暮らしと1万件を超える遺跡の石器や活動・居住などの痕跡から分かる、狩猟採集の暮らしをしていました。

注目すべきは、現在の都道府県の区分の暮らしぶりの違いが、始まりの先史時代から既に窺われる驚きですが、それが長い時間をかけて島国でゆっくり熟成されたモノなのです。

そして、始まり時代に対馬暖流が流れ込んでいなかったので大雪が降らなかった事、長野山梨八ヶ岳や伊豆神津島における貴重な“黒耀石”の採集と交換により、中央部の連接と発展が正に現在を思わせるようです。その後、2.9万年前頃の南九州姶良大噴火による被害のため、相対的に東日本が充実し、最寒期を過ぎて列島中に弓矢や土器という生活文化の普及向上が見られ縄文時代となりました。温暖化による列島全域の人口増加とその後の寒冷化による減少や南下を経て、曙海の西から稲作と金属器の大きな文化の伝わりによる変化がゆっくり北上(図の橙色線)して行きました。

「日本祖代」と縄文時代という日本史の93%の期間を占める時代の暮らしの影響は、これまで無視されがちでした(日本史は室町時代からで十分という暴言)。しかしその期間に、何が良い・悪い、好き・嫌い、きれい・汚い、など生き方の基本が出来上がったように思われます。その後に渡来人が増え、稲作や金属、律令制や仏教やキリスト教が入って来ても、先史時代に熟成された島国の“日本教”に照らして取捨選択、換骨堕胎の和風化をして来たため、最近では、「日本文明」と言われるようになりました。92.5%の厚みなしにはとてもそうならかったと考えます。霊を山を敬い、水と緑の樹木を大切にし、生魚・海藻を好み、セミや虫の音が雑音でなく風流に聞こえる事などは、夏に感じる子供たちに伝えたい日本文化の特色でしょう。

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