東京(札幌)五輪、祖史で沖縄・北海道の始まりの誤解を正そう!

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日本史の始まりである祖史(日本祖代前期)に注目すれば、左図、曙海の東側を時計回りで沖縄に至ったことが理解できますし、列島を北上して行って青森を越え北海道に拡がったことが旧石器遺跡から実証されます。

祖史の時代に沖縄へと、台湾山地沿岸から黒潮流を越えて行方の見えない150kmを家族で渡るのは大変ですし、まして200km以上の慶良間ギャップ越えはムリでしたでしょう(ヤシの実がたどり着くこのルートはずっと何となく挙げられて来ましたが)。次の縄文時代になっても沖縄の結びつきは、豊富な実証資料から九州の曙海沿岸地域でしたし、台湾の教授も「台湾から敢えて出て行かない」と祖代における先島への渡航に否定的です(家族渡来の食の魅力乏しく渡航危険が、理由でしょう)。北海道の場合は、津軽海峡が狭まっていて伊豆の海を行き来していた日本祖人には問題なかったですが、やはり雪と寒気が一段厳しい所で主に海獣を食・衣・住に活用した家族の暮らしへの適応に期間を要したものと思われます。

しかし、上図、誤りのwikipediaとは異なり、青森から道南~道央南部~道東~北方領土廻りで宝物黒耀石の豊かな遠軽白滝地域に進出して行ったことは遺跡から明らかですし、その後も食の豊かな処女地である千島列島(次々に島が見える)及び樺太への北上を続けたことでしょう。 今や注目の「最初のアメリカ人」アメリカ先住民候補なのです。

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さて、 上右図のように、日本祖人~縄文人(~続)~擦文人~和人の始りから父祖の地に、北方から鎌倉時代頃に渡来(出戻り含む)が有り、後にアイヌと呼ばれる人々が生じますが、勿論、北海道の先住民族などではなく縄文人を祖先にすると直系のように言うのも言い過ぎです。このような状況であるにも拘らず、ためする政治的な歴史のウソ、誤解が世界にも及んでいます。子供たちは無論の事、オリンピックで訪問するお客様に、しっかり真実を説明して誤解を解きましょう。


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