プーチンもいないのに、充実の旧石器遺跡(701所)の北海道から、北海道祖人 Proto-Japanese Hokkaidoは北上を継続したと言う学者がいない学界の現状は異常で、世界の北海道、千島列島に関する問いに応えていません。

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そもそも北部九州に家族が渡海して始まり、 上①図 伊豆の海20km以上を行き来していた先進の海の民です。3.5-3万年前に青森から、狭くなっていた津軽海峡を北上して北海道の暮らしに適応した祖人が最古であることは旧石器遺跡が示しています。道内に拡がりながら、それまで同様に処女地を北上していったと考えるべきで、3万年前当時に北上できなかった要因は有りません。なんとなく北からマンモス・ハンターなどが北海道に入って来て北海道史が始まったと道史、巷間本などが書く、入って来るだけの誤解が原因でしょう。上③図、今話題の最初のアメリカ人問題で、北海道発、北太平洋沿岸から進入という仮説が出ていますから、議論に参加しないのは周回遅れです。さて焦点の千島列島の海峡や島々が問題です。千島①上段、・幸いに数百、千数百m級の山が多く、次々に島が見えていました。・更に、越えねばならない海峡付近の状況は、幸いにも渡海準備や居住が可能でした。・そして、当時は海水面が数十mは低下していたこととから、海水で削られてなく砂浜がもっとあってフネで行動し易かったでしょう。言うまでもなく、氷期でしたがハワイに繋がる海で、食豊かな昆布ハイウェイ沿いでした。

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下段、A.最長の北得撫水道も朝出れば夕刻までには次の島に着け、発地・着地ともに行動を準備し着いて生活することができました。この事は幸いにもB.第2の牟知海峡でも発地の松輪島と着地の捨子古丹はその後のラッコ猟で賑わった所であり、条件が満たされていました。C.占守島は、遊動海民ルートンの生活拠点の島であり、千島のみならずカムチャッカにまで行動していたもので、カムチャッカ沿岸を北上して行けば、やがてベリンジアに至ります。因みに③のアリューシャン列島へはカムチャッカ側のコマンドル諸島から333kmもありますのでムリ(赤X)でしたでしょうが、この北上して最初のアメリカ人問題に北海道祖人が関わっている可能性については、子供に教え世界に発信、国際共同研究を。

右図米ニューメキシコの2.3万年前(最寒期)の子供足跡などで、北太平洋から進入して行ったとされる「最初のアメリカ先住民」への北海道祖人Proto-Japanese Hokkaidoの関り仮説(オレゴン大Loren Davis、ネバダ大David Madsen)が、注目されています。

何しろ北海道の旧石器遺跡は701ケ所で、地域では断トツの実証基盤を誇ります。北上継続の問題は、次々に見えた千島列島の島々を越えて行った(最長77km)祖人の行動(オホーツク海北岸廻りルートもありうる)となりますが、それを支えているのが左図下伊豆の海での黒耀石採取の行き来で、上図が恩馳島付近の状況です。①3.8万年前の行き来(少なくとも十数km以上漕舟)は世界考古学史上の最古の行動( おそらく 造・操舟の専門集団あり)である金メダル、② 採取した 神津・恩馳島産の 黒耀石が 、静岡東部、関東南部、長野にまで拡がって発見されている広域での交易活動も「原始人ではない」として注目です。従って、その後の狭くなっていた津軽海峡越えなどは問題ありませんでした。今、
神津島を オイルフェンスで守ろうとしているようですが、島の暮らしと貴重な遺跡地域が保護されることを期待します。これらのことを子供に、世界に。

米ラウス先生は、 歴史における日本の特色として、 その始まりから現代まで歴史的な繋がりのあることが、 英米と異なる と指摘されています。島国故に大きな民族の移動や侵入に伴う乱れが少なく(騎馬民族は来なかった)、また、破壊を免れ保存された、1万件を超える列島の旧石器遺跡の発掘分析に裏付けられているのです。

人気の縄文もある時(案①土器出現16,500年前、案②定住弓矢など生活に変化15,000年前)から、祖人Proto-Japaneseが縄文人Jomon peopleと呼ばれる、言わば江戸人が明治人に名が変わるようなものであることを子供に世界にも理解してもらうことが必要です。ザン切り頭の人も鹿鳴館で踊るハイカラな人も、一皮めくれば中味は江戸人と余り変わらず。しかし、日本語はもうローマ字にしようと言いだす人も出た激動期ではありました。で、学界は縄文人・明治人に光を当てていますが、祖代は大昔にしては十分に分かって来ているのに、「よく分からない原始」扱いで軽視され、中味が薄い周回遅れです。日本史は、外から入って来るモノの取捨選択の側面がありますが、その決定に当たっては、日本史60%の期間の祖代に形成された人の特性の基盤は影響大でしょう。更に、ラウス先生の図左上の学問分類の教えと図右の祖代状況を併せ考えると図左下祖代の「古活動」が注目すべき重要な特色(米英・隣国に比し)であり、先史学の内容にも反映されるべきモノです。

今、2.3万年前の米ニューメキシコの子供足跡の祖先問題で、北海道祖人Proto-Japanese Hokkaidoは注目です。

着実で尊重すべきものですが、古物専念・研究無謬性の殻を破り、世界史界も期待する仮説―論議―検証のダイナミックさを特に古活動分野に加味し、学ぶ楽しみを子供に、そして成果を世界に発信、国際共同研究の主導を。

先史巷間本の隆盛は素晴らしい。さあ、学界は始まり「祖代」をよく分からないと軽視しないで、もっと学校で教えましょう。こんな大昔の充実年表ができるなんて他所の国では考えられないし、「どこから」(出アフリカ後、東進した南方から 「北東ア平野」沿岸を北上し、曙海を越えて北部九州に )、「いつ」(約4万年前)も大体のところは分かっています。

そしてこの始まりの渡海は重要であり、ハーバード大ハンチントン教授が、「日本文明」と認識した祖代の基盤が、縄文まで含めた基層が、重要なのです。舟を造り操り伊豆の海を行き来して運んだ黒耀石を交易し、鉄器のない時代に1m超えの深さ・大きさの穴を多数作る陥し穴猟を企画・指示・制作(やがて北海道から九州まで)したり、磨製石器、環状キャンプ、釣り針など原始時代ではないです。ある時から縄文時代と呼ばれることになる直接繋がる、縄文時代を準備した助走(日本史の60%の期間)として教えましょう。何しろ、今、特に米ニューメキシコ2.3万年前の子供たちの足跡発見で、3.5~3万年前からの北海道祖人Proto-Japanese Hokkaidoは、北上を継続して「最初のアメリカ先住民」に関わった祖先候補としての可能性が注目されていますので。当時は狭くなっていた津軽海峡を越えて北海道の暮らしに適応し、北上継続のゲートウエイである道東・十勝の若葉の森にはしっかりと生活の痕跡が残されています。

1万件を超える遺跡発掘について、日本の旧石器等研究者の成果は素晴らしいのです。子供に世界に。

Nature先生、それはトンデモ無茶、約4万年前に北部九州に多くの家族が渡海し、3万年前には沖縄から北海道の列島中に拡がっていた日本祖史から縄文史の基層をよく知らない誤解です! 当然に祖語を話し 事物に命名し、言葉を交わす作業・交易・交歓の諸活動が有りました。 言葉の事なら、先ず、元日本言語学会長松本克己博士の環太平洋言語圏を理解してからの事です。


図左、巷間本・博物館の3方向渡来図は誤解を招く誤りで、北部九州からの沖縄南下、北海道への北上史が基本です。その後の流入による入れ替わる(先住者が全滅する)大変化は確認されていません。

元日本言語学会長 松本克己博士の環太平洋言語圏がお仲間で移住痕跡。

図左、出アフリカから東進し、変化した東南アジア・インマレイドが北上して寒気等に適応し顔・身体変化したモンゴロイドとなり、逆に拡散南下しアメリカへも。右図、北上南下しムリなく最初のアメリカ人に関わり得る状況でした。

世界でこれほど万年の古さで年表を描ける国は無いです。考古学史上の金メダルもたくさんありますので。何より縄文からしか語れない人は、周回遅れです。よく分からないと凄さを説明しない学者・先生はおかしいです。

アメリカ学者には、最初のアメリカ人は、北海道からという仮説を言い出している人がいますが、それをサポートする東南アジア~日本列島の海民性の史実があるのに、日本学者は発信しない教えないという問題です。

世界によく知られていませんが、日本には旧石器遺跡が1万件超え、北海道に701件で、図のシベリアやアラスカとはけた違いの充実した基盤に裏付けられているのです。

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「アジアから来た」は学界で認識が一致、そして前回の顔と無氷回廊の開閉からの考察で、一般に何となく今も思われている大陸の内陸モンゴロイドのマンモス・ハンターが「最初の」ではないことが導かれ、環太平洋の沿岸民(語族:元日本言語学会長 松本博士))に光が当たりました。

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そもそも①私たちの原郷と言うべきスンダランド(今は過半が海面下)地域は、洞窟絵に舟を描き、世界初の約90kmは海を越えてからオーストラリアに入って行き、その帆掛け舟(ラピタ人)は縦横無尽に広大な太平洋に乗り出して行った海の民で、近現代のスラウェシ海民は特に有名です。沿岸を北上し②約4万年前に北部九州に「渡海」し、何よりも3.8万年前と言う昔に伊豆の海を東京諸島(神津恩馳島)に黒耀石採取に行き来していた事が圧巻です。その始まりと島国である事から、③中世には倭寇と悪口を言われる東シナ海の覇者であり、その後、北前船が列島で活躍し、沖縄糸満の厳しい鍛錬の海の男たちがサバニを操る漁撈のスペシャリストとして知られている海民性(太平洋側も)を示しています。そして、④アジア人が、アメリカ北西岸をフネで入って来たとなれば関りが注目される北海道は、旧石器遺跡が701件とゲートウエイ発地に相応しい基盤で、東部シベリアやアラスカとは全く桁違いの充実です。

北千島・カムチャッカ南部に居たルートンは、石器・骨器を使っていた、縄文人的な竪穴住居を使用する、一家で移動して島々で暮らす、千kmを「遊動」した旧石器時代的 な海民であり、昭和12年の調査人骨からアイヌではない・以前であることを窺わせる注目の種族(現在は消滅)で、海民の伝統を受け継ぐ北海道祖人の関りの可能性を支持しています。関りが指摘されるアレウト族は、ロシア人もびっくりの北の海の海獣猟のスペシャリストです。問題はこれらのことが十分に世界に発信されず、子供に教育されていない事であり、北海道祖史・ルートンの研究解明が世界に期待されていることの認識が無いことです。抜本的な改善と国際共同研究が必要です。

前回の顔話の続編です。1図出アフリカの現生人類が東進して、海辺・熱帯雨林等の暮らしから、東南アジアSundaland地域でA「インマレイド」に変化し、その後、高緯度へと北上(環太平洋系)し B 大陸系を混じえて寒気・降雪・強風で顔・身体が大きく変化し C モンゴロイドに。そして、一般的にこの大陸系モンゴロイドが、ベーリング地峡からマンモスを追って入って来たと長く考えられてきました。

これらA、B、Cが「最初のアメリカ人」First Americansに関わり、現在ではベリンジア南岸の一時的列島(Temporary archipelago:英ケンブリッジ大等チームが命名))から進入し、北太平洋沿岸を南下しました(基本①)。図2当時の北米大陸は、厚い氷床(最大時2-3km)に覆われていましたので、無氷回廊は開かれておらず、今に至る大陸モンゴロイドの大きな影響に惑わされますが、沿岸・昆布ハイウェイのルートよりも後の進入だっただろうというのが新説(基本②)なのです。これらを踏まえて、アメリカ新大陸の発掘復元の顔を考えると、万年前のロス・テキサス女性やまあケネウィック・マンも大陸系・モンゴロイド(BC、朝青龍の祖先)の影響をあまり受けていない環太平洋系(祖人・縄文人含まれる)の顔であり、その後の米先住民インディアンの例えばシッティング・ブルの大陸系・モンゴロイドの影響を受けたキツめの顔とは異なっている(基本③)ことが分かります。これらの事から、ロス・テキサス女性よりも古い、オレゴン州で糞石を残した人(1.6-1.4万年前)、ニューメキシコの足跡子供(2.3万年前)はインマレイド環太平洋A系となり、沿岸北上A-1の祖人(次代が縄文人)は有力候補なのです。無氷回廊が開いた後に入って来た大陸系、モンゴロイドの今に至る影響力が大きく、また、何でもモンゴロイド(新・旧)としてしまっている欧米学者には、これらのことがよく分からないようですが。

なお、1図北上Aのみならず東進Bの影響もあるとみられる複雑なモンゴロイドC化及び東西進・南下は、最寒期LGM以降で比較的新しいとみられています。ともかく「最初のアメリカ人」は、1.北太平洋沿岸からの、2.モンゴロイド影響のないインマレイドA北上の環太平洋系で、3.時代的に北海道祖人Proto-Japanese Hokkaidoは有力候補であり、4.米の足跡子供は日本祖人と、オレゴン「糞石人」は時代的にまあ縄文人と同系である、ことなどが導かれるのです。何でも「よく分からない」として無視し教えないのは、今や周回遅れの大きな問題なのです。北海道・日本の状況を世界に発信、子供に教え、国際共同研究の推進を。

前回の日本列島ルートから1歩進めた米専門学者の北海道発進図です。原図では空欄になっている祖代前期(4~3万年前頃)の遺跡を下図で付しました。

関連の地域遺跡とは、桁違いの充実な事がよく世界に認識されていないのではと懸念します。また本件論議のあちこちで、鎌倉時代登場のアイヌの名がしばしば出てくる誤解も正す必要があります。「よく分かっていない、はっきりしない」と言う態度でなく、積極的に日本が見解やデータを発信して参加することが求められています。新たな発見があれば修正が学問です。熊や北キツネが石器を扱うことは有り得ませんから、来なかった北のマンモス・ハンターではなく、狭くなっていた津軽海峡を越えて北海道に適応した青森人の生活痕跡なのです(北海道祖人Proto-Japanese Hokkaido)。できれば本件の国際共同研究の主導を、北海道いや日本の祖代史を知ることですから。まずは子供にこの事を。

米国の歴史サイト動画が、初めてはっきり人類移住史における日本列島通過の環太平洋沿岸ルート(赤細線)を描き、図中の沿岸と内陸の2ルートに関しても説明して多くの視聴を集めています(日本祖代研究会のMPOR説に同じ)。

さて、当時の北米が厚い氷床に覆われて無氷回廊は未だ開通していないので沿岸が注目され、英ケンブリッジ大等が当時のベリンジア南岸の地形は、小島が連なる一時的な列島Temporary archipelagoと命名しているルートが新定説です。すると「誰が」については、A沿岸ルートは北海道が注目され、北上の2ルートが。問題は内陸で、南方北上のA-2(おそらく先)と西から東進のBが1.を、これに2.a-2も絡むことが考えられます。そしてベリンジアでこのXは、地峡を東進してカナダの方へと、沿岸へ南下して海民化が一応考えられる複雑な様相となります。実はその古さから無視されてきたブルーフィッシュ遺跡(2.4万年前)もニューメキシコの子供足跡2.3万年前で光が射すと、A日本列島経由の海民系がユーコン川を遡上した可能性(赤点線)が出てきます。

このように興味深い複雑性を帯びますが、分析はベリンジア周辺を注目するだけでなく、シベリア・バイカル湖や日本本州、南米モンテ・ヴェルデ遺跡などのように、遠隔地の解明が大きな影響を与える可能性もありますので、水中考古学分析などと共に広い視野から追究されねばなりません。実証されてないからと全く扱わない教えないは学問ではなく、こういう状況だと紹介し論議すべきです。いずれにしても、日本の祖代史、特にゲートウェイである北海道祖史を子供に教育し、世界に発信、鎌倉時代に樺太から登場(北海道大学のDNA分析)のアイヌは関わらないので誤解も正しましょう。日本が主導して国際共同研究の推進を。

英ケンブリッジ大 Professor Eske Willerslev ・ Lundbeck Foundation GeoGenetics Centre 等は、シッティング・ブル(1831~90年、本名タタンカ・イヨタケTatanka Iyotake:大酋長・統率者は白人の誤解、戦士であるが部族の調停者・偉大な呪術者、ララミー砦条約時代の有名なNativeインディアン)の 5-6cm piece of Sitting Bull’s hair のDNA分析(This research was funded by the Danish National Research Foundation)により、Ernie Lapointeさんを現存直系で最も近いと「ひ孫であることを認定」したと Science Advances が報じました。

Autosomal DNA from Lakota Sioux leader Sitting Bull’s scalp lock was compared to DNA samples from Ernie Lapointe and other Lakota Sioux.

Sitting Bull’s bones currently lie at a site in Mobridge, South Dakota, in a place that has no significant connection to Sitting Bull and the culture he represented. He also has concerns about the care of the gravesite. There are two official burial sites for Sitting Bull – at Fort Yates, North Dakota and Mobridge – and both receive visitors.

With DNA evidence to back up his claim of a bloodline, Lapointe now hopes to rebury the great Native American leader’s bones in a more appropriate location.

問題は、左図の人たちの顔とブル・イヨタケの顔の関連をどう理解しますかというモノです。次回に説明します。

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