日本祖人、次代縄文人の2万年前に既にワナ猟をしていた!

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横須賀・船久保遺跡で発見された27基の穴が鹿猟の陥し穴とすると、下図右①上に掲げた標題のことが分かります。

そしてこの事は、下図左②舟を含めて縄文時代の現物が発見されている事は、実は多くの事は既に先代の日本祖代にあったのだろうと考えられます。

例えば、北海道縄文人は、アザラシ、オットセイを食べていた。本州では、魚、貝などの海産物や植物、沖縄では、サンゴ礁に棲む小さな魚、貝を食べていたと分析結果が出ています。

この事も、縄文人を日本祖人と言い換えて何の違和感もありません。時間が緩やかに流れていた時代です。

も一つ注目すべきは、下図のAのように世界最古の陥し穴は、鹿を魚のように獲っていたことです。

明らかに欧州や大陸内部のBの槍や弓矢で狩るのと違う生き方があったことを窺がわせることです。

曙海の畔から九州に海を越えて至るまでの生き方が、既にB系とは違っていた「海の民系」と言えるものでしょう。

最近の様々な発見から、最初のアメリカ人は下図2において、B系ではなくA系だろうということになってきています。その後のB系の影響力の強さで見えにくくなっていますが。

しかしこの事も、それではA系だとしても北米痕跡が1.7万年前であれば、もはや縄文人ではなく日本祖人だったのではないのかとなる訳です。

それもこれも、2代目縄文人に名前があって、先代の日本祖人という名が使われていないから分らなくなっているのです。

何故、約4万年前からの日本列島史の始まりを表現する日本祖代、日本祖人という名称がなかったのか、今もってないのか、誠に不思議なことです。

以下、ご参考まで。

(了)

 

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