(日本史最前線)人類拡散の南ルート、日本史の始まりと今の印・太平洋構想が見える!

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左図ホモ・サピエンスの拡散は南・北2ルートで、北は石器痕跡から海に至らず、南ルートで曙海沿岸から北部九州に至り列島に拡がりました。

巷間言われている「大陸・半島からやって来た」は誤解です。右図南ルートの特色は、①かつては出アフリカ後に豪に至るまでのスピードが「急行」と言われていましたが、近年出アフリカが速まっておりほぼ同緯度の移住としてまずまずというところでしょうか。注目は①6-5万年前に豪へ長距離の渡海が行われた事であり、外洋魚を食していたことと世界最古の4万年前の洞窟絵の認知力です。次に②やや温暖化した時代の北上でしたが何しろ氷河期ですので、亜寒帯の壁越えは、環境の激変に南方人が衣食住の適応を図ったことです。そしてさらに北へと大陸内で、日本列島で拡がりましたが、日本列島では当時の宝物である良質な黒耀石が伊豆諸島や長野に、また広大な関東平野が存在したこともあり、未だ対馬暖流が入り込まず大雪の降らなかった日本海側と太平洋側が繋がり賑わいを見せていたことが遺跡から考えられ、現代を思わせる様相でした。そして、東北・北陸における暮らしの「予行練習」でムリなく北海道に適応した祖人Sojinは、留まる理由もなく道東から、➃次々に島が見えた千島と地続きの樺太方向に北上を続けたことでしょう。黒耀石豊富で国宝指定の白滝のみならず、昆布ハイウェイをカムチャッカ、ベーリング海峡へ向かったものと思われます。

米ニューメキシコでの2.3万年前の足跡発見で定説が崩れている「最初のアメリカ人」問題に関わった可能性が一部で指摘され注目なのです。奇しくも渡海や魚食の海民性を有する南ルート民は、大陸勢力と向き合う現下のインド・大平洋構想に重なる温故知新なのです。生徒・学生に教え、世界に発信を。

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