(人類拡散史)東南アジアから南米、小島の多い多様な暮らしの沿岸民が日本列島「発射台」から渡米

カテゴリー: 最新情報,祖代(Sodai)・祖人(Sojin),遺跡

―図右D 多様な暮らしのノウハウ『多島海OS』を有する日本列島の沿岸海民と移住先環境の東西類似性の幸運に恵まれた拡散史は、実証の図右ABCD 4要素です。

その際、図左 氷河期の厳しい危険な氷塊海を2,300km移住し得たのは、3.8万年前の伊豆の生業航海民の子孫である青森・北海道祖人の北上継続(PAHK)ルートが最有力なのです。

図右A DNA:始まりはアマゾン古部族(その後、南米全域に薄く発見のPopulation-Y)と東部アジアの南方域先住民の驚きのDNA類縁の謎は、北回りの超長距離の移動と東アジア古層EAAの保存であって、祖人sojin・縄文人がDNA類縁性を有しており拡散史の経路上の運搬者だったのです。
B 考古痕跡:南北アメリカの「足跡」の年代(北中央値2.2万年前)は、カナダの無氷回廊が閉鎖中の新大陸西沿岸ルートの南下を示し、米国各地の最古級AUT旧石器は遠軽・奥白滝物と酷似であり、南米遺跡の素朴な石器は帯広物に共通で北海道に注目です。
 北海道祖人は、青森・陸奥平野からの伊豆海民(3.8万年前世界最古の生業航海)の子孫であり、樺太から細石刃文化の南下伝播は数千年後です。
C 今と異なった古い環境:そもそも祖人は「曙海」(北部東亜地中海)北岸を時計回りで対馬海峡を渡海した沿岸民で、北部九州ビッグ・バンにより沖縄へ南下、北海道以北に北上しました。
D 海民の暮らし振りと環境:先祖は、南方スンダランドから「東亜地中海」沿岸を北上して来ましたが、そこでは小島の多い多様な暮らしのノウ・ハウとして言わば『多島海OS』を有した「原始人ではない」沿岸民でした。しかも、環太平洋ルートは北太平洋の「海藻Highway」の東西で対称性ある類似の環境に恵まれていましたし、南米にも海藻Highwayと多島海があったため、着実な移住ができ東アジア古層EAAの超長距離の移動後も痕跡を維持し得たもので謎ではないのです。

図左 有力候補:最初のアメリカ人の候補は伊豆海民子孫の北海道祖人と内陸シベリア狩猟民ANAが考えられますが、世界最古の実証生業航海の痕跡を遺した海民の伊豆祖人は、生業航海の造・操舟力のみならず言語を伴う広域の物々交換をしていたと考えられる「原始人ではなかった」ことが、氷塊の漂う厳しい低温の海において2,300kmの移住を可能にした最有力の候補なのです。

―*祖代研究会(RSoJS)  #祖人

*国際的エビデンス(DOI取得済み)

当会は、学術リポジトリZenodoにおいて国際的な識別番号(DOI)を取得し、引用・参照が可能な公的知見として登録済みであり、先行知見としての先取権を確立しています。

公式リンク(DOI): https://doi.org/10.5281/zenodo.19181986

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