2021、2.3万年前の北米足跡の衝撃で、行く年来る年

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渡米が数千年遡り、最寒期LGMの発見は極寒の東部シベリア~ベリンジア行動に疑念が。1.4万年頃からの無氷回廊は未だ開いていないので沿岸進入に、そして北米から南米へ急行1,000年南下の定説が崩れ、8,000年を要したのならば、それ以前からの普通のペースだった。

するとアジア出発は3万年前と言う数字に(寒さもやや緩和期)。米2学者が発表していた北海道出発ルート仮説は「マンモスを追った」定説ではないが注目され、「昆布ハイウェイ」やベリンジア南岸は小島が連なる「ベルトコンベア」の様な「一時的な列島」状態だったと沿岸進入説を補強する研究も登場。さて、シベリアの狩猟族はまあ分かっていますが、北海道祖人Proto-Japanese Hokkaidoはどうだったのか? 縄文前の初代、約4万年前からの始まりの(日本)祖代は、夜に灯りをともしたとすると結構今と似ていました(近畿・東海は少)。何よりも「曙海」沿岸から多くの家族が渡海して来た民であり、造舟・海洋漕舟能力等を有する祖先は、原始人と言うべきではないでしょう。従って、3.8万年前には伊豆の海を当時の宝物の黒耀石を求めて島へ行き来し(世界考古学史上の金メダル)広域で交易していたのも驚きではなく、オットセイが仙台で見られたように(北海道には慣れ易かった)、渡来から渡米(「昆布ハイウェイ」)までまあ食に恵まれていたルートと言えます。いずれにしても、これまでの定説は大きく揺らぎ、日本の祖代の様子は知られておらず(要発信・研究)、足跡衝撃にコメント出来ずに新たな定説の構築へ向かう「行く年来る年」です。ともかく現状の沈黙しているのはダメで、世界に発信、子供・学生に教えて将来に期待、国際共同研究の主導を、です。

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