2014.12.15~18 現地調査
スカブミ、女王の港、スンダ海峡を回りました。

休みに入った第2段で、グヌン・パダンからよく見えるスカブミなどを回ることにし、出かけました。

いつもは、バンドゥンからスカブミ行きの長距離バスに乗りますが、チアンジュールを過ぎてから幹線道途中のワルンコンダンで、オジェッに乗り換えてグヌン・パダンに向かっています。

6_sk_1

今回は、終点までということから車内でゆっくりでしたが、珍しい雨でした。着くと小雨になっており、まずは情報センターと図書館で調べものをしましたが、地名の由来や古い洋館の千木など興味深いものでした。予想に違わず、ゲデ山は迫るように街中から見え、グヌン・パダンは、後方稜線に溶けていますが、往時、今の緑がなく安山岩石柱のピラミッドでしたから、光り輝いていただろうことは確認できました。移動の窓から田植えの終わった田、稲刈りの終わった田、稲穂が頭を垂れようかという田、など豊かな状況を確認しました。縦横の街の通りも店が立ち並んでいます。

ゲデ山からの豊かな水量の川は、また、グヌン・パダンの方にも通じており、関係の深さを確認しました。

1泊し、川沿いを西南進して女王の港に向かいました。港のバスターミナルを降りると直ぐ海、インド洋です。漁船の群れや海上の釣り小屋など、港町らしい風情で、海沿いにも店が並んでいます。不思議に、観光センターでは、女王については5つ星ホテルに行って聞いてという対応なので行きました。成る程のタイアップで、話のパンフと有料見学の女王の部屋がありました。

6_sk_2

美貌のカディタ姫が讒言等により、容貌も醜くされ、女王とともにお城を放逐されて放浪、女王は亡くなり絶望の姫は此処に彷徨い着きました。疲労困憊の中、海に身を投げ生まれ変われとの神の声に従い身を投じ、かつての美貌を取り戻し、南海の支配者、女王として復活し、漁民たちの厚い信仰を集めています。岬の方を見学していましたら運よくバドゥイ族の人に遭遇し、ツーショットが撮れました。

港からボゴール、ジャカルタ行きのバスが出ていて、ジャワ島西北のスンダ海峡最狭部のマラッ港に向かうべくボゴール行に乗り、スカブミ西方の状況、ゲデ山の西方からの見え具合を確認しながらの前進となりました。やはり大山の名にふさわしいことを確認しました。

6_sk_3

ところが、ボゴールでは、その路線は廃止となっており、まずジャカルタに行ってそれからとなりました。運ちゃんが降ろしてくれたジャカルタ幹線道で待つこと30分、何とか乗れて深夜に港地区に入りました。宿も食事も問題なく、次の日早朝から、港と周辺をオジェッとアンコッにより見学することが出来ました。今では海の難所だそうですが、海峡は往時の賑わいを感じさせてくれ、地域は、工業団地としての変貌を見せていました。日本企業も進出していて、朝の工場労働者の大群も圧巻でした。南方へは、あのクラカトウ火山が見える、行けるということで観光バスが向かっていました。

帰りはバンドゥン直行便が出ているというラッキーさでしたが、客を沢山掴もうと諸所で止まりましたので、実に長時間かかってたどり着きました。

成果を得て、何とか無事に長旅を終え、夜に部屋にもどりました。

2014.12.9~12  現地調査
ジャカルタからブリトゥン島へ飛び調査しました。

12月の期末試験が終わったらまず行ってみようと思ったのが、ブリトゥン島である。ジャカルタから小1時間、初めての国内飛行旅となる。上空から地域を俯瞰しようということである。

かつて大陸地であった広大なジャワ海と南部南シナ海を連接する位置にあり、インド洋正面のスンダ海峡(当時は川)との関係も良い要衝と思われる島だ。名のとおり英領であったが、その後蘭領になっていた。

5_belitun_2

更にそこは、青銅の生産に欠かせない錫の名産地だったときているので魅力いっぱいである。

東西及び南北それぞれ数十kmの島の中央には、300~500mの3山があり、行って見ると空港からはピラミッド山も見えた。

空港と県都は、島西中央にあり、東へはバスで島横断道路を行くことになる。現在住んでいる人の大半は中国系の顔をしている。

着いた島東のマンガル町の浜辺は、ボルネオ島カリマンタン、ジャワ島からかつては無数の川が流れ込み、集めて東に大河が流れていた、沈んでしまった広大な土地のジャワ海を臨む。

浜辺の明るい看板とは裏腹に付近も海の波も静かで、かつての賑わいを感じさせるものはなく、今では朽ちた錫採りのオランダ屋敷地区とともに、ツワモノどもの夢の跡という感じであるが、それはそれで何とも言えない感懐にひたれる。

島西は、県都、空港、そして何と言っても大奇岩の浜辺ということで、近年、観光客を集め始めているようだ。ホテルなども新しく、町のロータリーの夜景、大市場などもある。浜辺は、一見の価値ある大奇岩群で、やはり、こちらも島東同様に薄茶色の砂浜に静かな海である。

日本祭りと州パレード

カテゴリー: 最新情報,当地事情

小雨も何とか上がって、バンドゥン・ジャパン・ハウスBJHの皆さんが、若いインドネシアの人たちを指導支援した日本祭りが10月26日に行われました。

会場は、沢山の若い人でブースは押すなの盛況でした。

私も原宿やアキバで見たことあるような格好の人が目につきますが、その結構肌を露出した人と普通にジルバブ被った娘さんたちも沢山来ていましたので、混じり合って日本と違う感じです。

特に、BJHの大和田さんは、ゲームビジネス開発で出店しました。また、和装・折り紙コーナーなどもありました。

かねてより、此処の若い人たちが日本ひいきなのは知っていましたが、凄い勢いです。
命をあずける車とバイクが殆ど日本製で、若者カルチャーもこれだけ人気があると嬉しいことです。

此処には、日本レストランのほか、もどき安価ラーメン店などもあります。どらえもんも人気で、私も勉強に原語で読んでいます。

4_matsuri_01

そのまま、州庁舎に移動しパレードを観ました。

着いて最初に見た異様な恰好は、此処の人が仮装しているパプア高地人です。実物の結構大きい蛇を持っていました。
串刺し焼き鳥デザインの庁舎前でお披露目したあとどんどん歩いて出て行きます。

全身葉に覆われた迷彩の狙撃手のような格好の組もあれば、めでたい若いカップルの伝統的な地域の衣裳の組や王様を囲む行列、はたまたそのまま出れば紅白歌合戦の小林幸子と張り合える人もいます。

やはり此処からかと思わせるなまはげの組、日本と同じ婦人連の踊りの組、などにぎやかです。

結構多いのは、やはり農業、漁業に絡んだもので納得です。大鳥が登場してるのも私には納得でした。

あらためて、インドネシアは多様だと感じました。

◆グヌン・パダンの調査見学

入学して授業、生活のリズムもできたので、調査が行われているグヌン・パダンに出掛けた。

入口付近の売店民宿で泊まることも、日帰りすることも自在にできるようになったので、授業の無い土、日を利用して見学に行った。乾季は基本的に雨の恐れが殆どないので、時にある夕方のスコールに気をつければ問題ない。
10月から、大統領と政府の体制が変わるため、現在の統合研究チームTTRMの調査は、ひと段落となる。
迷彩服の軍が初めて参加して力仕事をこなしており、国としての意気込みが窺がえる。

チーム長のダニー・ヒルマン博士から、現場で遺跡についての注目すべき事項などについて説明を受けることができたし、考古学調査に加え、初めて穿孔掘削地質調査の状況を見学することができた。

仕事を終えて暗くなってから現場に来て、標本の状況をチェックしている研究者の姿や、新たな遺物や構造の出現に深夜まで話し合っているチームの人たちの状況や、調査具の交換、新たな採り水措置などの調査の実情、また、命綱を準備して10mを上り下りする作業など皆さんの苦労を実際に見ることができた。

第5テラスで石の壁が南北方向にあることが新たに見つかり、また、考古学チームはいろいろな石の遺物の解釈を巡って多角的に分析している。
昔の人はこういう理由でこうしたのではないかということがいろいろ考えられるため、研究者たちを悩ませている状況などをぼやきとともに聞き、生の現場に触れた見学であった。

アクバル教授、ダニー博士、軍指揮官は、テレビなどの取材に応じ、一般の見学者には、出土した遺物の説明もあった。
私は、今回、グヌン・パダンを見下ろす背景の稜線上にオジェッで上がり、東、南、西と1周して地域の状況を把握した。
打ち上げ夕食会(27日)に呼んでいただいた。取りあえず皆さん、ほっとしている様子が窺がえた。

03_gun_04_1

03_gun_04_2

03_gun_04_3

大学は、アンコッで約20分、街中に有り屋台店と文具店などに囲まれていて便利だ。
いろいろな店の多いDago交差点、バンドゥン工科大ITBも徒歩圏内(実際はアンコッ利用)にある。
目抜き通りの大きな店、州庁、博物館なども10数分、駅も20分くらいで行ける。

キャンパスは、近代的で広大なものをバスで30分くらいの所に新設したので、本部と大講堂、法学部などに我らの語学センターというコンパクトな建物群で緑は有る方だ。

我らには縁がないが、此処の入学式、卒業式は一世一代と言っていい一家の式典で、格好も記念撮影のセットもすごい。

語学生は、欧州、アフリカからアジアまで、年齢も、立場も幅は広い。韓国、日本は多い方だ。

授業は、08:30-11:45、10:00から30分休憩雑談。
学生は遅れる者がいるが、教授が遅れることはない。
穏やかな雰囲気で行われ、6ケ月のセメスターに中間、期末試験がそれぞれ1週間続く。
途中、遠足バス旅行で文化等の研修がある。

西ジャワ州にあるため、伝統のスンダ文化は授業でよく教わる。

02_daigaku_03

空港から長距離バスでバンドゥン南の大発着所のルイ・パンジャンに着き、アンコッを乗り継いで到着。
(後で、町中で行き来できる方法を知った。)

広いベッドと大きな衣裳箪笥、ランプがあるので基盤はすぐ整った。

窓から森が見え、朝はまず、マスジッド(教会)のアザーン(呼びかけ)が聞える。

周囲は住宅だが、歩いて5分の坂の途中に店はある。

近くのアンコッ発着ターミナルまで、約15分、比高差40mくらいの昇り降りとなる運動だ。南方の人たちは動作が少しゆっくりに見える。長い間のうちに、多分、汗をかかないようにそうなったんだろうと思う。特に、行きは汗をかかないように上がって行こう。

01_bangdon_02

「 歴知ニア 」のススメ

カテゴリー: 未分類

本会が提唱する「 歴知ニア 」というライフスタイル

これ迄歩んできた人生経験を元に、

現地を訪れて、

自ら感ずるものを足場に郷土、我が国や世界の歴史を推論し

同好の仲間と語らう楽しい「 歴史ニア 」

そしてレベルの上がった「 歴知ニア 」の道を提唱しています。

⇒「 歴史ニア 」から「 歴知ニア 」への誘い

 

↑トップへ