シンガポール探訪(2)ー激戦のブキテマ高地Singapura

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アジアの楽園Sundalandの中心部のシンガポールは、その南にインドネシア・スマトラ島リアウ州のリアウRiau諸島があり、昔の地図で見ると島々は、海面上昇で沈んだスンダランド陸地の残った丘たちであることがよく分かります。

シンガno南島

そして、丁度建国50周年でしたのでマレー系遺産博物館でもイベントが行われていましたが、今勉強してる言葉が外国で通じるのがいいですね。

西ジャワのスンダ人が大切にしている短剣クジャン(クリス)が飾られていたり、伝統の人形劇ワヤン、元祖系タコ焼き道具もあったりして嬉しくなりました。

マレー系 sinngaクジャン人形ワヤン タコ焼き具

当たり前ですが、楽園で元々一緒だったところに、人口比を大逆転するほどの中国南部の人たちが来てシンガポールになっています。万年の昔から楽園は、人々の北上と南下が繰り返されて文化が育まれています。

人類の展開を考えれば、ここでタミル主のインド人とアメリカインディアンが一緒に居て何の違和感も有りません。

印とインディアン

さて、テーマのブキテマ高地(164m)ですが、先の大戦でマレー半島を日本の自転車銀輪部隊が南下し、守備する英豪軍と激戦となりました。今は自然保護区となり静かな地域になっています。

ブキテマ 高地 ブキテマ入口

ビザ更新の短期滞在観光客として、サル君に会い丘に少し入りましたが、雨にあって一人休憩所で雨宿りし、つわものを偲ぶこととなりました。

ブキテマno猿 つわものと一人

実は日本軍は、弾が尽きそうな勝利(日露戦以来の伝統?)でしたが、白旗を掲げた英軍に対し山下将軍は勝者の席に着きました。

交渉で通訳に訳をはっきりさせなさいという意味の「はい」か「いいえ」かと聞いたのが強圧的と伝えられ、今の慰安婦問題と同様に誤解に基づく悪いイメージが拡がってしまいました。残念です。

このブキテマ高地ですがブキ・ティマ、Bukit(丘)Temah(Tin錫)ということだそうです。錫と聞くと歴史ニアとしては、何!となります、青銅の重要な元ですので。

イギリスは、貿易戦略上から選んだのでしょうが、近くのジャワ海には、水をかけるだけで錫が採れると言われたその名もブリトゥン島も手に入れてます(後にオランダへ)。

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アジアの楽園Sundalandは、陽気がよくて食糧が豊富というだけでなく、火山地帯のもたらす豊富な宝石・鉱物(今は石油)等に恵まれた地域です。

このため、まずは溢れた、冒険心ある人々が北上して巣立っていき、氷河寒冷期には楽園に人々が南下して集まってくる所でした。幸せは父祖の地、温暖で豊かな南の島にある、です。

かって幸せを求め南に向かい、この地で安らかに眠る日本人の先人たちを偲ぶ石碑があります。

先人偲ぶ

残念ながら、今は書かれているような広く安全で強固な貿易の南シナ海ではなくなってきていますが。

 

 

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