パンカル半島は、あのプラトンの”Atlantis”か ―史上の「宝の島」から考える(2)

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プラトンPlatoのアトランティス話は、ギリシャの政治家・立法者ソロンがエジプトMusirの神官から聞いたとされる遠い昔(11,600年前頃)に繁栄したが、堕落し邪悪な意図で地中海に艦隊が攻め込みギリシャ連合に敗れて本国も海没した王国についてのものです。

何しろ万年前の遠い昔のことですので、遺物を見つける事も困難です。そこで筆者のプラトンの当時の認識についてですが、先生がソクラテスでありその前には最初の哲学者と言われるタレスの存在があり、タレスは前述のソロンと共にギリシャ七賢人の一人です。

 Thales – タレス – Wikipedia
エジプトはナイルNilの賜とは、豊かな産物をもたらしたということだけでなく貿易による幅広い知の獲得が含まれており、エジプト神官の知の源で、タレスが船乗り、商人であったこともそれを象徴しています。
プラトンのアトランティス話は、アトランティス側が大艦隊を地中海に送ったことでもわかりますが、このような当時の海洋活動と「知」を背景にしているということです。
そのエジプトの貿易、更には人々をしてあの壮大なピラミッドを造築しうる求心的な体制維持にも寄与したのが、フェニキア大航海人です。
フェニキアPhoenicia人の一般的なイメージは、地中海貿易で活躍し、その後の欧米文明の源とされるギリシャ(サラミス海戦 480BC)、ローマ(ポエニ戦役第1~3 最終146BC)に敗れた助演というところでしょう。
このことは、フェニキア人が地中海で活躍する以前の東方貿易で果たした重要な役割について確定的な史実の確認の難しさもあり、見え難くしています。
その第1は、エジプトHatsyepsut女性ファラオ時代の神の国・宝物の地”Punt”から大量の貴重な品々を得たとヒエログリフにはっきり詳しく刻まれている大航海(15世紀BC)です。サラミス海戦の千年も前のことです。
その場所は、依然謎とされていますが、大航海であること、得た品々、Puntの様子などから通説より遠いインド洋を越えたパンカルPangkal地域と考えられます。
フェニキア人なしにはこの大航海は考えられず、実は船もフェニキア人の物でありフェニキアの船がヒエログリフに刻まれていると言われています。
その第2は、古代イスラエルの最盛期を築いたソロモンSolomon王(紀元前1011年頃 – 紀元前931年頃 wikipedia)の神殿の建設木材はもとより、東方から貴重な品々を得て届けたのもフェニキア人です。

そこはOphirと呼ばれ3年ごとに金、銀、白檀材、真珠、象牙、孔雀などを得ていますが、やはりOphirの場所は謎です。これもパンカルPangkal地域であり、フェニキア人の長期にわたる大航海能力を示す比類ないものです。

そして、2003年に豪Sarinaで興味ある情報が研究者infomasi oleh peneritiから寄せられています。先住民に係る土地に絡んだ難しい問題があり、研究は進捗していないようですが、パンカル地域東端への航海事例として興味深いものです。

このように、フェニキア人の東方での航海能力は史上重要な興味深いもので、甲が正に望む権威に係る得難い物を遠隔であっても長期航海し乙から入手して届けました。

また、プラトン時代からほど遠からぬ昔のパンカル地域の豊かさも確認されます。

次回、更にフェニキア人を追ってみます。

以上

 

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