縄文の前、始まりの「日本祖代」を探る!

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4万年前頃の九州から、緯度を北上して北海道にまで拡がるのに1万年も要した南方発のご先祖は、①列島に来た時から既に知力・言語による食料獲得・操舟等の生活力はかなりのレベルでした。

注目は、②早い段階からの関東と新潟・北陸の連接です。対馬暖流が無く③日本海側に大雪が降らなかった、④中央山地の八ヶ岳地域で宝物の黒耀石が豊富に採れた、⑤東京湾は無く大関東陸地・河川が在り、⑥操舟行動力があったことなどによるものです。

因みにその後の「西部・近畿史観」で、此の列島中央部が軽視されていますが、東北と共に日本文化の厚みを担っており、江戸・東京も地勢とこの万年の連綿たる歴史があってこそです。

最後に北は、⑦降雪寒冷地に適応するために長期間を要しましたが、食料が得られたのが幸いでした。

この適応が、幸いにも昆布ハイウェイがあったことから、人類初の米大陸進入となったものでしょう。

日本祖人は、⑧2.9万年前の鹿児島姶良噴火の「広域大大」災害を乗り越え、⑨2万年前頃の大陸からの狩猟族(出て行った子孫含む)の北及び西からの進入・帰来を加えて混じり合ってはっきり地域差が生まれていき、土器と弓矢などでステップアップした縄文時代へとバトンが継がれて行きます。

4万年日本史の約6割の期間を占める「日本祖代」の大半は、⑩列島中の言葉の違いが少なく、かつ重要なことは、⑪何が、正しい・好ましい・許されない・信ずる・大切、といったことに共通性のある文化・心情の厚みが出来たことでしょう。

その後の激動を乗り切り、世界で「日本文明」と言われ出していますが、大花綏国の長かった始まり祖代の意義は大きく、子供たちに伝えねばと思うのです。

(了)

 

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