吾輩はヒトである、名前は未だない。

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歴史の本棚の表示を見ますと、近・現代史、中世史、古代史、その先は古墳・弥生・縄文時代、先史、旧石器時代などの語が見える本が納められています。

4万年前頃、日本列島にはおそらく今の私たちに基本的には繋がらない(数%以下のDNA)旧人が居たと思いますが、海を越えて初めて祖先の現生人類が九州(八重山も?)にやってきました。

そして、列島を北上して3万年前頃には北海道にまで拡がりヒトが住んでいましたが、この始まりの人たち、その時代の名はまだ教科書に有りません。

島国であるために、世界でも珍しいと言っていい極めて古い始まりの時代の事がかなり見えている歴史を有する国であるのにです。

歴しニアの把握したもので、加除修正を要するかもしれません(縄紋時代は、更新・完新世の転換期に修正)が。

時の経過が長過ぎて、自分たちは「先住民」の子孫などと人前ではっきり言える人は、今や九州にすら居ないでしょう。

この点で2008年のアイヌ国会決議は、歴史の裏付けのない、歴史に対する政治的な表現であり、先住民の語を外しアイヌの人権を尊重するといったような表現の訂正が必要です。

4万年前頃からの始まりのその時代を「日本祖代」、祖先を「日本祖人」、と名前を付けましょうという提案で、このサイトではずっと綴ってきました。

古代史の前は先史(弥生・縄文)、その前は始まりの「祖代史」でどうでしょうか。

ともかく名前が無いのは、酷いと思うのです。

現在まで名が無い大きな理由は、始まりの祖代の遺跡・遺物ははっきり見つかっている(豊富に)が、始まりの祖人の人骨は列島が酸性地のため全く見つかっていないことに有るのでしょう。

始まりの祖人の人骨は見つかっていない、でも確実にヒトの手が入っている石器などは見つかっているので名前を付けましょうということです。

即ち、遺物などのはっきりした証拠から推定して歴史を描く新分野(理論考古歴史学?)の提案です。

重力波、空間は曲がっている、・・・確実な事を基礎にとんでもない真理を追究している学問分野は他に有りますので。

ところで、

勿論、その時代の同種の人々は、上図の「曙海」(九州・南西諸島・北東ア平野に囲まれた祖代の海域)の畔や樺太・千島など、今の国境を越えた共通の拡がりがあったでしょう。

近隣の研究成果も踏まえつつ、日本史分野ですから、とりあえず先ずは自由に調べられる今の国境で、子供たちに伝える歴史を一つ一つに名前を付して議論し描いていってみようという提案で、このサイトは歩み出している訳です。

因みに、既に縄紋時代にあの多彩な土器が、不思議にも対馬の目の前の朝鮮半島や台湾で見つかっていないという境目があったようです。

冬休みに子供たちがいい名前を思いつけば、それにしましょう。

そして、此のことを提案する大きな理由は、北海道の後も目の前に食料豊かな処女地が山から見え続けてましたので、北上を続けただろうと考えるからです。(あのプーチンも居ませんでしたし)

 

当時は、ベーリング海峡は地続きでBeringiaと呼ばれ、また、今と違ってその海には北極海の冷水は入らない、ハワイに繋がる海でした。

そして、今でもそこやアラスカ沿岸は、イメージと違って北海道北部とそれ程真冬の気温は変わらないのです、期間は長いですが。

導きは、昆布(kelp)ハイウェイと学界で呼ばれている水産物や海獣・鳥などの食の豊かさでした。

この事は、既に縷々お伝えしているアメリカ新大陸に入って行った世界史上の大問題に関わっている、自説のMPOR説であろうと考えているからなのです。

単に日本祖代・祖人で、話は終わらないのです。

世界人類の始まりの移動・移住の歴史の中における豊富な、かつ、かなりはっきりした遺跡を有する、史上の尺度となり得る区間である、花綵 はなづな日本列島史の重要さなのです!

(了)

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