衝撃の2.3万年前の米足跡、日本ルート採り上げが動画登場!

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もうすぐ1周年、①昨年9月末の米足跡発見で米先住民史が数千年遡り、もっともらしかったDNA話も再検討、ショックのその足跡は「誰か」について学界はすっかり沈黙です。シベリア・ハンターが来たことには変わらないとでも。

勿論、事は簡単ではなく結論は言えていませんが、先月やっと動画説明に登場した説は沿岸ルート・昆布ハイウェイであり、Japan(赤下線)が言及され、発見最古の人骨として、沖縄・山下町祖人(Proto-Japanese)が記述されています(沖縄からではなく、北部九州から北海道に北上したものなのですが)。そして沿岸ルートという事で、② 金メダルである オーストラリア・豪への人類最古の90km以上の家族渡海(考古学上の金メダル)と共に、伊豆の海で黒耀石を求めて「行き来した世界最古」という訳で金メダルの神津島が登場し(正しくは写真と違って、今は4km離れた神津・恩馳島とすべきなのですが)紹介されています。説明はありませんが、この東南アジア~日本~アメリカというルートで問題があるとすれば、③千島列島・北得撫(ウルップ)海峡の約80km越え(人類は豪行きでこれ以上を越えていますが)です。数十mの海水面上昇もあって、千島列島に3万年前級の実証発見物はないですが、 明治時代に調査の 北千島人のルートンは流木舟を操った、石器時代的な遊動 海民としての 暮らしの中心拠点としてカムチャッカ南部に進出(赤丸)していた痕跡を残しています(もっと北まで進出していたのをカムチャダールに押されたのでは)し、冬季の流氷を歩いて渡った可能性も十分考えられ、祖人も越えられたでしょう。

つまり、北海道で停止する理由はなく、海獣・鳥、海産物の食豊かな昆布ハイウェイの次々に島が見えた処女地を、北上して行ったことと考えられます。北海道は、石器などから「おそらく3.5万年前後」には、寒かった仙台・北陸で暮らしの予行練習ができていた祖人が、青森から当時は狭くなっていた津軽海峡を難なく越え、寒気と海獣食などに適応して暮らし、留まる理由もなく北上して行ったものとみられます。問題は、この「最初のアメリカ人」に関る日本側の発信が弱く、学校で全く仮説の説明すらない周回遅れで、世界の一部の学者には、アイヌ(鎌倉時代から)が登場する誤解がある状況です。「北海道祖人は、北上を続けて最初のアメリカ人に関わった可能性があり、世界では採り上げられている」問題として、コレを基礎に深堀りして出しちゃいましょう。

 

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